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更新日: 投稿日: 弁護士 後藤 亜由夢

事業譲渡契約書の主な記載事項と注意点・弁護士に相談する必要があるケースは?

事業譲渡契約書の主な記載事項と注意点・弁護士に相談する必要があるケースは?
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事業譲渡は、中小企業のM&Aでは株式譲渡と並んで広く用いられている手法です。会社全体ではなく一部の事業のみを切り分けて売買することが可能なため、譲渡側と譲受側のさまざまなニーズに対応できる手法として知られています。

事業譲渡を行う際には最終段階で事業譲渡契約を締結しますが、契約書にはどのような内容を盛り込む必要があるのか、どのような点に注意すればよいのか、よくわからないという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そこで、今回は事業譲渡契約書の役割、主な記載事項と留意点、雛形を流用する際の注意点、譲渡側と譲受側のそれぞれの立場からのチェックポイント、弁護士に相談する必要があるケースなどについて解説します。

事業譲渡契約書の役割

事業譲渡契約書(APA:Asset Purchase Agreement)は、譲渡側の企業の全部又は一部の事業を売買する際に締結する契約書です。事業譲渡は、M&Aのスキームの一つとして用いられます。事業譲渡契約書は、M&Aの検討にあたり、スキームとして事業譲渡の採用を決定し、事業の売り手(譲渡側)と事業の買い手(譲受側)のマッチングや条件の交渉というプロセスを経て、譲渡側と譲受側の合意内容を明確にするために締結される最終契約書(DA: Definitive Agreement)です。

事業譲渡は設計の自由度が高い分、当事者間の認識のズレが生じやすいです。したがって、事業譲渡契約の内容について細かい部分まで当事者間の認識を一致させるという意味でも、事業譲渡契約書は重要な役割を果たします。

事業譲渡契約書の主な項目と留意点

事業譲渡契約書にはどのような規定を設ける必要があるのでしょうか。主な規定と留意点について説明します。

1.譲渡対象

事業譲渡の場合、株式譲渡とは異なり、売買(譲渡)の対象が事業という抽象的なものであるため、譲渡対象を特定することが非常に重要です。双方の認識のズレが生じないように、契約書内で明確に規定するようにしましょう。譲渡対象には、資産だけではなく、債務や契約自体も含まれる場合が通常ですので、具体的な対象を特定して明記する必要があります。
譲渡対象として以下のような目録を作成して、添付するケースも多いです。

  • 対象資産目録:不動産、知的財産権、機械等の設備、商品等の在庫、部品、机や椅子などの備品等、譲渡対象となる全ての資産を記載
  • 対象債務目録:買掛金、リース債務、社債や保証金等、承継の対象となる全ての債務を記載
  • 対象契約目録:建物等の賃貸契約や取引先との業務委託契約等、承継の対象となる全ての契約を記載

目録に記載する項目が多すぎる場合、当事者の合意さえあれば、「○○に関する全ての資産」と明記し、「但し、○○と△△は除く」という注釈で対象外となる項目を記載する形でも問題ないでしょう。もっともこの場合は、事業譲渡の対象外となる項目について、当事者間で明確に合意する必要があります。

しかし、合併や会社分割のように権利義務が包括承継されるM&Aとは異なり、事業譲渡における権利義務の承継は個別に債務者や債権者の同意を必要とする特定承継に該当するため、契約自体に関しては、そのまま引き継ぐことができないという点に注意が必要です。事業譲渡後に、譲受側の会社が同じ内容の契約を締結あるいは引継ができるように、譲渡側が契約の相手方に十分な説明を行い、可能であれば合意を取り付ける必要があります。場合によっては、契約当事者の地位移転契約を契約の相手方と締結することも考慮する必要があります。

2.譲渡代金と支払い方法

最終的に合意した譲渡価格、支払期日、振込口座等を記載します。
株式譲渡の場合と同様に、価格調整条項としてアーンアウト(Earn out)条項が規定される場合もあります。アーンアウトとは、M&Aにおける対価の調整方法の一つであり、M&Aの対価の一部について、対象会社の業績指標等の目標の達成度合い等に応じて追加的な後払いを行う仕組みをいいます。たとえば、「M&A後1年以内に、売上が15%以上伸びたら、買い手は売り手に1億円追加で支払う」という条項を定めることにより、対価の一部の後払いすることを定めることができます。
もっとも、アーンアウトはM&A(事業譲渡)のクロージング後の事情に左右されますし、そもそも当事者間で合理的かつ客観的なアーンアウト条項を定めるのが難しく、当事者間において不安定な合意になりがちです。そのため、アーンアウト条項はできるだけ設けずに契約時に譲渡価格を確定しておくことが望ましいでしょう。

3.従業員の雇用の継続

事業譲渡の場合、前述のように特定承継であり権利義務は自動的に承継されませんので、従業員との雇用契約を承継させるためには、譲渡側の会社と従業員の間での合意が必要となります(民法第 625 条第1項)。
なお、厚生労働省が2016年に発表した「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針の概要(事業譲渡等指針)」について、参考までにURLを添付します。

事業譲渡等指針では、譲渡側の会社が従業員から承諾を得る際に、真意による承諾を得られるように、事業譲渡に関する状況、譲渡後の業務の内容や就業場所等の労働条件を十分に説明することが求められています。
また、事業譲渡を理由とした解雇は客観的に合理的な理由があり、かつ社会通念上相当であると認められる場合を除いて、原則として認められないという点も認識しておきましょう。雇用を承継させるためには原則として従業員の合意に加え、譲受側の企業と従業員との間で雇用契約を再締結する必要がありますので、雇用契約の再締結についても事業譲渡契約書に明記しておくとよいでしょう。
雇用契約の再締結時には、未払いの給与や残業代の支払い、未消化の有給休暇、勤続年数の消失等の問題が発生する可能性があるため、それらの問題への対応についても事業譲渡契約書に明記することが望ましいです。

4.競業避止義務

事業譲渡の場合、譲渡側の企業は、原則として同一の市区町村とその隣接市区町村の区域内において譲渡日から20年間に同一の事業を行うこと(会社法第21条1項)、不正の競争の目的をもって同一の事業を行うこと(同法第21条3項)は禁じられています。譲渡した事業に関する知識や経験を持つ譲渡側の企業が同一の事業を行うということは、譲受側の企業の競合となり、譲受側の企業の発展を妨げる可能性があるからです。もっとも、特約を設けることにより、競業避止義務を排除することは可能です。特約を設ける際は、譲渡側の会社と譲受側の会社の十分な協議の上、それぞれの将来的なリスクを十分考慮する必要があります。加えて、譲渡側の会社としては、特約を定めない限り上記の競業避止義務を負ってしまうことも忘れてはいけません。

5.表明保証

表明保証とは、譲渡側の会社が事業譲渡契約において明記した一定の事項が真実であることを表明して保証することです。事業譲渡契約書では、譲渡側の企業の表明保証は特に重要です。表明保証に反した場合、譲渡側の会社は損害賠償義務を負うことになるからです。一般的に以下のような事項について規定されます。

  • 労使間紛争の不存在
  • 知的財産権の侵害等の不存在
  • 反社会的勢力等の不関与
  • 重大な悪影響を及ぼす可能性のある事象の不存在

事業譲渡契約は株式譲渡によるM&Aと異なり、会社全体の支配権を包括的に承継するわけではないので、譲渡側の表明保証も譲渡対象の事業に対するものに限定されるのが通常です。

6.善管注意義務

善管注意義務は、引渡義務を負う者に課された善良な管理者の注意義務のことです(民法第400条参照)。事業譲渡契約においても、契約締結時からクロージング日(事業譲渡実行日)までの間に、譲渡側の会社が事業価値を損なわないよう、譲渡側の企業に対して善管注意義務を課す旨の規定を設けることが重要です。

7.補償

補償の条項は、表明保証や善管注意義務等に違反があった場合、違反に起因して相手方が被る損害の補填に関する規定のことです。
損害賠償の金額についてはあらかじめ当事者間で定めることが可能です。損害賠償請求をする際は、原則として債権者(事業譲渡契約の場合は譲受側の会社)が損害発生の事実と損害額を立証する必要がありますが、事業譲渡契約の競業避止義務等に違反があった場合の損害額を算定して証明するのは非常に困難なため、具体的な金額を規定するケースも多いです。具体的な金額の規定は、譲受側の会社の立証責任の軽減につながりますし、譲渡側の会社にとっても損害賠償額が予測できるというメリットがあります。金額の設定は譲渡代金の10%~30%程度と規定される場合が多く、具体的な金額を上限額として設定するケースもあります。
補償請求権の行使可能期間については、1年~5年程度とすることが通常です。

8.解除

解除の条項は、表明保証の違反や予期せぬ事情の発生等を理由とした事業譲渡契約自体の解除に関する規定のことです。
事業譲渡の場合はクロージング後(事業譲渡後)に契約前の状態に復帰させることは不可能に近いため、解除はクロージング日までの期間に限定することが通常です。また、解除の条件も重大な表明保証違反があることが判明した場合等に限定するケースが多いです。

雛形を流用する際の注意点

事業譲渡契約書は、ネット上で検索すると雛形やテンプレートが見つかりますが、事業譲渡契約書の中で最も重要な譲渡対象に関する項目は個々のケースごとに異なるため、雛形をそのまま利用することはできません。
事業譲渡契約書には、譲渡側と譲受側の会社で交渉した結果や、合意した事項を漏れなく盛り込む必要がありますが、雛形には当然、合意事項が網羅されていないので、抜け漏れがないように編集する必要があります。
また、譲渡側と譲受側では利害が対立するため、チェックすべきポイントも当然異なります。雛形を流用する場合は、自社に不利な内容が含まれていないか、それぞれの立場から確認することが大切です。
譲渡側と譲受側がどのような点を重点的に確認すればよいのかという点について説明します。

譲渡側のチェックポイント

事業譲渡契約書には、一般的に譲受側のリスクを軽減することを目的とした内容が多く含まれます。そのため、譲渡側としては、過剰な責任を負わないという観点から契約書の内容を確認することが大切です。また、従業員の雇用や競業避止義務に関するトラブルを防ぐという観点も重要です。そのような観点を踏まえて、譲渡側にとって特に重要なチェックポイントについて説明します。

1.表明保証は確実に遵守できる内容か

表明保証を遵守できなかった場合、損害賠償責任を問われるリスクがあるので、表明保証の内容を確実に遵守できるかという点については入念に確認する必要があります。
表明保証には、譲渡側が把握しきれていない内容が含まれている場合も多く、その場合は譲渡側が過剰な責任を負うことになります。そのため、必要に応じて「知る限り」という文言を入れることが大切です。
なお、「知る限り」と似た文言で「知り得る限り」という表現がありますが、「知り得る限り」とは当該事実について合理的に調査すれば知ることができた場合は免責されないという意味になり、大きな違いがあります。
譲渡側が表明保証違反により損害賠償責任を問われるリスクを軽減するためには、「知り得る限り」ではなく「知る限り」という文言を使用するべきという点はしっかり認識しておきましょう。

2.従業員の雇用の継続は確保できるか

事業譲渡では、譲渡側の従業員の雇用についてトラブルが発生する可能性が高いため、従業員の雇用に関する規定は非常に重要です。前述したとおり、雇用の承継には、原則として譲受側の企業と従業員との間の雇用契約の再締結が必要なので、雇用契約の再締結の規定を必ず定めておきましょう。また、正社員だけではなく嘱託職員や契約社員等を含む場合は、その旨も明記します。譲渡後に、給与等の労働条件が悪くなると労使間トラブルに発展する可能性があるので、譲渡側の会社としては、契約時の労働条件を実質的に下回らないことを条件とすることが望ましいでしょう。

3.競業避止義務は確実に遵守できるか

前述のとおり、事業譲渡では、譲渡側の企業は、原則として会社法で競業避止義務が課されているため、契約書に特約がない限りは譲渡後に同一の事業を行うことは禁じられてしまいます。
譲渡側の企業が将来的に同事業を行う可能性が全くない場合は問題ありませんが、少しでも可能性がある場合は、競業避止義務の範囲や期間を限定するよう譲受側と交渉し、双方が納得できる範囲に限定する旨や、譲渡側の会社が競業避止義務を負わない旨の特約を付す旨を合意する必要があります。

譲受側のチェックポイント

事業譲渡の譲受側として最も重要な観点は、譲渡後に事業の価値を毀損しないことと、余計な債務を引き継がないことです。そのような観点を踏まえて、譲受側にとって特に重要なチェックポイントについて説明します。

1.知的財産権や契約の承継は十分か

譲渡後に事業の価値を毀損しないためには、事業の継続に必要な知的財産権や取引先との契約を漏れなく承継することが大切です。知的財産権や取引先との契約は見落としやすいので、譲渡対象の事業において、どのような知的財産権や取引先との契約が帰属していたのか全て確認した上で、必要なものをすべて譲渡対象として契約書の中に網羅することが重要です。
重要な特許権や商標権の引き継ぎが必要な場合は、事業譲渡契約書の他に、特許権譲渡契約や商標権譲渡契約等を締結することも検討してもいいでしょう。
また、取引先との契約は原則として譲渡後に再締結が必要となるため、譲渡側企業が取引先へ説明して再契約を促す努力義務について規定することが望ましいでしょう。

2.従業員の雇用を確保できるか

従業員の雇用の確保は、事業の価値を毀損しないという観点から、譲受側の会社にとっても重要なポイントです。譲受側の会社が事業の継続に必要な知識や経験を持つ従業員の雇用を確保するために、譲渡側の会社が従業員に対して適切な説明を行う努力義務を規定することが大切です。
また、キーパーソンとなる従業員の雇用を確保できない可能性も十分考えられますので、クロージング後一定期間は、譲渡側の会社に対して、事業を円滑に遂行するための引き継ぎ業務に関する協力を要請する規定を設けることも検討するとよいでしょう。

3.承継する債務が限定されているか

事業譲渡は株式譲渡と違い、債務の承継を避けることができるという利点があります。
ただし、事業の運営に関する債務に関しては承継する必要がある場合もあるので、その場合は承継する債務を目録等に明記しましょう。
財務諸表等に記載がない簿外債務や偶発債務については一切承継しない旨、明記しておくことも大切です。
加えて、譲受側の会社が譲渡側の会社の商号を使用する場合や、譲受側の会社が譲渡側の会社の事業によって生じた債務を引き受ける旨の広告をした場合には、譲受側の会社が譲渡側の会社の事業から生じた債務を弁済する責任が生じます(会社法第22条、23条)
したがって、譲受側の会社が譲渡側の会社の商号を使用する場合は特に注意が必要です。

収入印紙の必要性

事業譲渡契約書は、収入印紙を貼付することにより、印紙税を納める必要があります。印紙税は契約書に記載された譲渡金額によって異なります。印紙税の金額は変更される可能性もありますので、国税庁の公式サイトで最新の情報を確認して下さい。

弁護士への相談が必要なケース

事業譲渡契約は双方にとって重大な契約なので、内容については弁護士に相談しながら入念にチェックすることが望ましいでしょう。特に弁護士への相談を必要とするケースについて説明します。

1.従業員の雇用が確保されるか不安

事業譲渡では従業員の雇用の継続に関するトラブルが生じるリスクがあります。事業譲渡後の従業員の雇用について少しでも不安に感じた場合は、迷わずに専門家に相談しましょう。交渉時には譲受側の会社から、従業員の雇用の継続について快諾してもらえていたのに、譲渡後には一部の従業員しか雇用契約を締結してもらえなかった等のトラブルも起こり得ます。事業譲渡等のM&Aに関する法務に精通した弁護士に相談しながら、契約書に必要な内容を盛り込むことにより、事業譲渡後の従業員の雇用を確実に守れる可能性が高まります。

2.自社に不利な内容が含まれている

事業譲渡契約書の内容に、自社に不利な内容が含まれている場合もあります。例えば、表明保証の内容が厳しすぎる、損害賠償請求の行使期間が長すぎる、損害賠償請求や解除が相手方からのみ可能となっているなどのケースがあります。特に、相手方が契約書を用意した場合は、契約内容を入念にチェックする必要があります。自社に不利な内容が含まれている場合、将来、損害賠償責任を問われる等のリスクを負う可能性があるため、必ず相手方と交渉して、不利な内容を外してもらう必要があります。当事者間で交渉を行うと、契約自体が決裂してしまうリスクもあるため、弁護士などの専門家に相談した上で慎重に進めることをおすすめします。法律の知識が不足していて自社に不利な内容が含まれているかわからない場合も弁護士に相談して確認してもらうとよいでしょう。

まとめ

今回は、今回は事業譲渡契約書の役割、主な記載事項と留意点、雛形を流用する際の注意点、弁護士に相談する必要があるケースなどについて解説しました。

事業譲渡には、株式譲渡などの他のM&Aの手法とは異なるリスクが内在するため、事業譲渡後にどのようなトラブルが起こりうるかを想定しながら、明確な規定に落とし込むことが大切です。

我々東京スタートアップ法律事務所では、事業譲渡契約書のチェックだけではなく、各企業の状況や方針に合わせたM&Aに関するトータルサポートを提供しております。事業譲渡やM&Aに関して不安なことや相談したいことがあるという方はぜひお気軽にご連絡ください。

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執筆者 弁護士後藤 亜由夢 東京弁護士会 登録番号57923
2007年早稲田大学卒業、公認会計士試験合格、有限責任監査法人トーマツ入所。2017年司法試験合格。2018年弁護士登録。監査法人での経験(会計・内部統制等)を生かしてベンチャー支援に取り組んでいる。
得意分野
企業法務、会計・内部統制コンサルティングなど
プロフィール
青森県出身 早稲田大学商学部 卒業 公認会計士試験 合格 有限責任監査法人トーマツ 入所 早稲田大学大学院法務研究科 修了 司法試験 合格(租税法選択) 都内法律事務所 入所 東京スタートアップ法律事務所 入所
書籍・論文
『スタートアップの法務ガイド』中央経済社
『スタートアップの人事労務ガイド』中央経済社