経歴詐称による懲戒解雇は無効とされる場合も!裁判例を交えて解説
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中途採用した従業員が、実は採用選考時に経歴を詐称していた、という事実が入社後に発覚することは珍しいことではありません。
では、経歴詐称が発覚した場合、会社としては、その時点でその従業員を解雇できるでしょうか?会社としては、このような嘘をついた従業員は当然に解雇できると思われるかもしれません。
しかし、たとえ経歴詐称があった場合でも、当然に解雇できる訳ではなく、場合によってはそのような解雇が無効と判断される可能性もあるため注意が必要です。
今回は、経歴詐称の定義、採用選考時の経歴詐称の典型例、経歴詐称が犯罪となるケース、経歴詐称を理由とした解雇を巡る裁判例、解雇の有効性の判断基準、経歴詐称の予防策などについて解説します。
経歴詐称とは
経歴詐称とは、学歴、職歴、犯罪歴等の経歴に関する虚偽の申告や隠蔽をいいます。企業の採用選考時は、応募者が採用されたい一心で経歴詐称をすることは決して珍しいことではありません。しかし、採用選考時の経歴詐称は、採用選考の判断や入社後の待遇等に大きな影響を及ぼす可能性があるため注意が必要です。
採用時の経歴詐称の典型例
採用選考時に問題となる経歴詐称として、具体的にどのような事例が多いのでしょうか。採用時の経歴詐称の典型的な事例について説明します。
1.学歴の詐称
新卒採用時の経歴詐称の中で特に目立つのは学歴の詐称です。具体的な例としては以下のような事例があります。
- 実際の最終学歴は高卒なのに大卒と申告する
- 実際に卒業した大学とは異なる大学を卒業したと偽り、履歴書の学歴欄に記載する
- 実際に卒業した学部とは異なる学部を卒業したと偽り、履歴書の学歴欄に記載する
- 浪人や留年の事実を隠すために、実際に入学・卒業した年度とは異なる年度を履歴書の学歴欄に記載する
- 大学を中退した事実を隠蔽する
学歴詐称をする理由の多くは、高学歴の方が採用審査時に有利になると考えたからというものです。そのため、実際に卒業した大学よりも入試の偏差値が高い大学を卒業したと偽るなど、実際よりも学歴を高く偽るケースが圧倒的に多いです。しかし、中には有名大学の卒業生であることを隠すために最終学歴を高卒と偽るケースもあり、逆学歴詐称と呼ばれています。
2.職歴の詐称
中途採用時の経歴詐称の中で多いのは職歴の詐称です。具体的な例としては以下のような事例があります。
- 実際は未経験の業務について経験があると申告する
- 入社から3ヶ月未満で退職した会社の職歴を隠すために、その前に在籍していた会社を実際に退職した日と異なる日を履歴書の職歴欄に記載する
- 前に在籍していた会社で懲戒解雇等の処分を受けたことを隠蔽する
- 前職の年収額を水増しして申告する
- 派遣等の非正規雇用契約で働いていた期間について正規雇用契約で働いていたと申告する
中途採用は即戦力を期待して行う場合が多く、職歴は採用時の重要な判断材料となります。マネージャー等の重要なポジションの中途採用時に重大な職歴詐称を見過ごした場合、会社は致命的な打撃を受ける可能性もあるため注意が必要です。
3.資格・免許に関する詐称
新卒・中途採用に関わらず、免許や資格に関する詐称も少なくありません。典型例として、以下のような事例があります。
- 宅地建物取引士試験を受けて実際は不合格だったのに、履歴書の資格欄に合格と記載する
- 日商簿記検定3級しか取得していないのに、履歴書の資格欄に1級と記載する
- TOEICの点数を実際より高く申告する
受験していない資格や免許を取得したと申告する等の大胆な詐称より、受験して不合格だったが合格したと申告する、級や点数等を水増しして履歴書に記載する等のケースが多いようです。
4.犯罪歴の詐称
採用選考時に犯罪歴があることが発覚した場合は不利になる可能性が高いため、犯罪歴を持つ方の多くは採用選考時に犯罪歴を隠そうとします。採用候補者が犯罪歴を隠蔽するのは重大な背信行為だと思われる方も多いかと思いますが、一般的には、採用選考時に労働者が会社に申告する必要がある犯罪歴は有罪判決が確定した犯罪に限られているため、犯罪歴を申告しなくても経歴詐称とはみなされない場合もあります。例えば、以下のようなケースは申告しなくても経歴詐称に該当しないと判断される可能性が高いです。
- 逮捕後に不起訴処分となった
- 起訴猶予のまま釈放された
- 現時点で公判中
- 有罪判決の確定後、刑期を終えて相当の期間が経過している
経歴詐称が犯罪となるケース
経歴詐称が法律に抵触し、犯罪となるケースもあります。具体的にどのような法律に違反する可能性があるか説明します。
1.軽犯罪法違反
軽犯罪法1条15号には、官公職、位階勲等、学位その他法令により定められた称号若しくは外国におけるこれらに準ずるものを詐称した者は、拘留または科料に処すると規定されています。つまり、実際に卒業していない大学や大学院を卒業したと詐称した場合は、軽犯罪法違反になる可能性があります。
2.私文書偽造罪・公文書偽造罪
経歴を偽るために、卒業証書やTOEIC等の資格の証明書を偽造する行為は、私文書偽造罪にあたる可能性があります。私文書偽造罪とは、文書を作成する権限を所持しない者が権利や義務を証明する文書などを他人の印章や署名などを用いて私文書を作成して他人を欺こうとした場合に成立する犯罪です(刑法第159条)。
また、運転免許書や健康保険証等の公的機関で発行される証明書を偽造する行為は、公文書偽造罪にあたる可能性があります(刑法第155条)。
3.詐欺罪
経歴詐称によって、財産上の利益を得た場合、詐欺罪に問われる可能性があります。詐欺罪は、人を欺いて財物を交付させた場合に成立する犯罪です(刑法第246条)。
例えば、専門的な資格や免許が求められる職種の採用選考時に経歴を詐称して、入社後に高額な報酬や資格手当を受け取っていた場合、詐欺罪が成立する可能性があります。
経歴詐称を理由とした解雇を巡る判例
経歴詐称が法律に抵触しない場合でも、会社に対する裏切り行為であることには変わらないため、経歴詐称が発覚した時点で解雇処分となることもあります。しかし、経歴詐称を理由として解雇された元従業員が解雇を不服として法的措置を取るケースも珍しくはありません。
経歴詐称を理由とした解雇を巡る判例として、学歴と犯罪歴の詐称が発覚したことにより懲戒解雇された元従業員が懲戒解雇は無効だと主張した事件をご紹介します(最高裁判所平成3年9月19日判決)。
この事件の原告は、中卒又は高卒を対象としたプレス工・旋盤工の求人に応募し、採用選考時に大学を中退していたことを隠して最終学歴を高卒と申告し、公務執行妨害罪、凶器準備集合罪、傷害罪等の罪で起訴されて公判係属中であったことも隠していました。裁判所は、原告の学歴と犯罪歴の詐称について以下のような判断を示し、結果的にはこの場合の懲戒解雇を有効であると判断しました。
- 学歴詐称:最終学歴は労働力の評価や企業秩序の維持に関わる事柄なので、学歴を低く偽ったとしても経歴詐称に該当する
- 犯罪歴詐称:履歴書の賞罰欄の”罰”は確定した有罪判決をいい、判決が確定する前の段階で告知義務は発生しない
経歴詐称を理由とした解雇の有効性
懲戒解雇が有効とされた判例を紹介しましたが、採用後に経歴詐称が発覚したことを理由に解雇が行われて法的紛争に発展した場合、必ずしも解雇が有効と認められるわけではありません。そこで、過去の裁判例を交えながら、解雇の有効性の判断基準について説明します。
1.業務等への影響の程度
経歴詐称を理由とした解雇の有効性を判断する上で重要な基準の一つは、採用時に真実を知っていた場合にその労働者を採用しなかったであろうと考えられる程度の重大な経歴詐称であったかという点です。
採用選考時にJAVA言語のプログラミングの能力を保持していると偽り、採用後にその能力が皆無に等しかったことが判明した労働者への懲戒解雇の有効性が問われた裁判では、入社後の業務への影響を考慮して、懲戒解雇は有効であると判示されました(東京地方裁判所平成16年12月17日判決)。
ただし、以下のような場合は業務への影響が大きいとはいえないため、懲戒解雇は無効と判断される可能性があります。
- 募集要項に「未経験者歓迎」と記載されていた採用で、職務経験に関する詐称が発覚した場合
- 求人票に「学歴不問」と記載されていた採用で学歴詐称が発覚した場合
2.企業秩序への影響の有無
経歴詐称を理由とした解雇の有効性を判断する際は、企業秩序を乱すか否かという点も考慮されます。前述した学歴と犯罪歴の詐称が発覚した判例で、裁判所は以下のような判断を示しました。
企業秩序の維持に関係する事項についても必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負う
信義則(信義誠実の原則)とは、契約の当事者同士は、相手の信頼に沿って誠実に行動しなければならないという原則です(民法第1条2項)。従業員は、使用者である会社に対して、信義則上の誠実義務を負うと解されており、企業秩序を維持するために必要な事に関して虚偽の申告をすることは、この誠実義務違反にあたると考えられます。
3.懲戒解雇をする場合は就業規則の規定が必要
経歴詐称が発覚したことを理由に懲戒解雇を行うためには、予め就業規則の懲戒解雇の理由として経歴詐称を定めておく必要があります。懲戒解雇の理由として経歴詐称が定められていない場合、普通解雇または退職勧奨を検討することになります。
退職勧奨は、会社が従業員に対して自主的に退職するよう促すことをいい、解雇と比較して法的リスクの低い方法として知られています。採用選考時の経歴詐称が後から発覚した場合、本人は「会社を騙して入社してしまった」という自覚を持っているはずなので、退職勧奨を受け入れてもらえる可能性は高いでしょう。ただし、退職勧奨を行う際は、強制的に退職を強いるような言動をすると退職強要と評価されるため、慎重に進める必要があります。
経歴詐称の予防策
採用後に経歴詐称が発覚することを防ぐためには、採用選考時に予防策を講じておくことが大切です。経歴詐称の予防策について、採用選考の流れに沿って説明します。
1.応募条件の検討
事前に採用の条件として、どのような学歴、職歴、スキル、資格を必要とするのか十分に検討することは、経歴詐称の予防だけではなく、ミスマッチの防止にも役立ちます。採用するポジションに必要な経歴を具体的に洗い出し、募集要項や求人票に明記しましょう。
募集要項や求人票に「経験不問」「未経験者歓迎」などと記載されていた場合、入社後に職歴詐称が発覚しても解雇することが認められない可能性があるため注意が必要です。
2.提出書類の整備
履歴書の虚偽の記載を見抜くためには、履歴書の内容を証明する書類の提出を義務付けることが効果的です。具体的な提出書類としては以下のようなものがあります。
- 学歴:卒業証書
- 資格:資格取得時に発行される証明書
- 職歴:退職証明書
特に前職の退職証明書は、職歴詐称を見抜くために重要な役割を果たすため、提出を義務付けている企業は多いです。労働者が退職証明書の発行を求めた場合、会社は遅滞なく交付することが義務付けられています(労働基準法第22条1項)。会社が証明義務を負うのは、以下の5項目の中から労働者が請求した事項のみです。
- 使用期間
- 業務の種類
- 当該業務における地位
- 賃金
- 退職の事由(退職の事由が解雇の場合、その理由を含む)
前職の退職証明書の提出を求める際は、前職でパワハラや横領等の重大な問題を起こして懲戒解雇処分を受けていないか、役職や年収等に詐称がないか等を確認するために、上記の全ての項目を記載してもらうよう依頼するとよいでしょう。
3.質問票の準備
犯罪歴や病歴など、面接で直接質問しづらい内容については、質問票などを用意して回答を記載してもらう等の方法を検討してもよいでしょう。ただし、犯罪歴や病歴は、個人情報保護法第2条第3項に規定されている要配慮個人情報に該当するので、取り扱いには十分配慮して下さい。
4.面接時の質問の準備
面接で経歴詐称の有無を見抜くためには、面接を行う前に、履歴書、職務経歴書、提出書類等を全て確認し、面接時に質問する内容を事前に決めておくことも効果的です。履歴書や職務経歴書に記載された内容の中で、疑問点、矛盾点、曖昧な点等がある場合はその点をクリアにするための具体的な質問を用意するとよいでしょう。また、学歴や職務経歴の中に空白の期間がある場合は、その期間中に何をしていたのか確認しましょう。
高度な専門スキルを要する人材を採用する場合、現場の業務内容を熟知した従業員に、スキルや職務経験について詳細な質問をしてもらうことで、本当に必要なスキルや経験を持つ人物かどうか判断することが可能になります。
5.前職調査(リファレンスチェック)
中途採用の際、最終段階で前職調査を実施することも経歴詐称の予防策として有効です。前職調査は応募者の前職の同僚や上司などから応募者の業務内容や実績に関する話を直接聞くことをいい、リファレンスチェックと呼ばれることもあります。前職調査を行うことにより、応募者のコミュニケーション能力等のヒューマンスキル、周りからの評価、人柄などを多角的に知ることができるというメリットがあります。前職調査は通常、外部の専門業者に委託して実施します。前職調査を行う場合は、本人の同意の取得、個人情報の適正な取り扱いなどが求められるため、信頼できる業者を選ぶようにして下さい。
まとめ
今回は、経歴詐称の定義、採用選考時の経歴詐称の典型例、経歴詐称が犯罪となるケース、経歴詐称を理由とした解雇を巡る裁判例、解雇の有効性の判断基準、経歴詐称の予防策などについて解説しました。
採用後に経歴詐称が発覚した場合、経歴詐称の重大性、業務や企業秩序への影響等を総合的に判断した上で、本人に対する適切な対応について慎重に検討する必要があります。
我々東京スタートアップ法律事務所は、企業法務のスペシャリスト集団として、様々な企業のニーズに合わせたサポートを提供しております。採用後に経歴詐称が発覚した際の対応、懲戒処分等を検討したい場合の適正な手順、経歴詐称の予防策等に関する相談にも応じておりますので、お気軽にご連絡いただければと思います。
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- 企業法務・コンプライアンス関連、クレジットやリース取引、特定商取引に関するトラブルなど
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- 岡山大学法学部 卒業 明治大学法科大学院 修了 弁護士登録 都内の法律事務所に所属 大手信販会社にて社内弁護士として執務 大手金融機関にて社内弁護士として執務