違反すると損害賠償リスクも!管理職の安全配慮義務とは
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記事目次
会社には、従業員が安全に業務を行うことができる環境を整備する「安全配慮義務」と呼ばれる義務が課されています。従業員が業務中に怪我や病気を負い、安全配慮義務に違反した結果として損害が生じたと認定されると、多額の損賠償を請求されるおそれがあります。
会社の経営者や役員はもちろん、管理職として労働現場で従業員を指揮する立場にある人にも安全配慮義務が課されています。
今回は、管理職が知っておくべき安全配慮義務の内容と安全配慮義務に違反した場合のリスクなどについて解説します。
安全配慮義務とは
1. 法律上の定義
労働契約法第5条には、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定されています。これが安全配慮義務です。
2. なぜ安全配慮義務が生じるのか
労働契約法は2007年に制定されたものですが、その前から、安全配慮義務の法理は判例によって確立されていました。最初に安全配慮義務が認定された最高裁判所の判決は、1975年の「自衛隊車両整備工場事件」(最高裁判所昭和50年2月25日判決民集29巻2号143頁)です。
これは陸上自衛隊員が自衛隊内の車両整備工場で車両整備中に後退してきたトラックに轢かれて死亡した事例で、最高裁判所は安全配慮義務について、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律の付随義務として当事者の一方または双方が相手方に信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであるとしています。
会社が従業員と労働契約を結ぶ際、会社は従業員に対して賃金を支払う義務を、従業員は会社に対して労務を提供する義務を負います。さらに、労働契約によって使用者と労働者という関係になった以上、単に一方が労務を提供して一方が賃金を払うという権利義務関係が生じるだけでなく、使用者は労働者が安全に働けるように配慮する義務を負います。そして、安全配慮義務を怠った結果として労働者に損害が生じたときは、会社はその損害を賠償しなければなりません。
3. 安全配慮義務違反の例
上記の判例は安全配慮義務違反により死亡した案件でしたが、死亡や怪我だけでなく、従業員の病気や、うつ病などのメンタルヘルス疾患についても会社が安全配慮義務違反の責任を問われることがあります。従業員がマスクを着用せずに解体業務に従事してアスベストを吸い肺がんを患った場合や、長時間労働によりうつ病にかかった場合などが安全配慮義務違反の典型例です。
違反の基準となる「予見可能性」
安全配慮義務違反の判断基準となる予見可能性について説明します。
1. 予見可能性とは
業務中の従業員が負ったあらゆる損害について会社が責任を負うのはあまりにも酷な話です。そこで、安全配慮義務が認められるためには「予見可能性」が必要だとされています。
予見可能性とは、従業員が心身の健康を害することを会社が予測できたかどうかです。会社が損害の発生を予見できなかった場合、会社の責任を問うのは妥当ではないというのが基本的な考え方です。
2. 予見可能性が認められない例
例えば、社用車として使用していた車に整備不良があり、ブレーキが効かずに暴走した車を運転していた従業員が死亡してしまったとします。しかし、会社は法律で定められた安全点検をしっかり行っており、整備不良は自動車整備工場の担当者による整備ミスが原因だったとします。この場合、「もしかしたら整備工場のミスによって整備不良が生じているかもしれない」ということまで予測することを会社に期待するのは極めて酷であるといえるため、安全配慮義務違反ではないということになります。
もう一つ例を挙げましょう。ある会社で勤務するエンジニアが脳出血により死亡し、死亡する前の時間外労働時間が月平均50時間に及んでいました。ところがこのエンジニアはもともと非常に血圧が高いという疾患を抱えていたにもかかわらず、精密検査を受けずに暴飲暴食を繰り返すなど健康保持のための配慮を怠っており、会社にも自身の疾患について報告をしていなかったとします。このような場合、会社はエンジニアが脳出血になることを予見できなかったとして安全配慮義務違反が認められないか、認められたとしても過失相殺などによって損賠償金が減額される可能性が高いでしょう。
職場の事故と安全配慮義務
安全配慮義務違反が認められる典型的な事例の一つとして、職場内での事故による怪我があります。具体的な事例を挙げながら、職場の事故と安全配慮義務について説明します。
1. 作業現場で負傷した場合
例えば、A社で勤務するとび職のBさんが、高所作業が必要な建築現場での作業中、うっかり足を滑らせ、数メートル下に転落して下半身不随となる大怪我を負ったとします。BさんはA社に対しては何の責任も追及できないのでしょうか。
A社は、Bさんと労働契約を結ぶことによりBさんに対する安全配慮義務を負います。従業員を高い場所で作業させるのであれば、何かのはずみで転落してしまい怪我を負うということは容易に予測ができるはずです。したがって、A社は、転落を防止するために足場や防網を設置する、安全帯の使用を徹底させる等の措置を取らなければなりません。そのような措置が取られていなかった場合、BさんはA社に対して安全配慮義務違反による損害賠償を請求することができます。
2. 従業員にも過失がある場合
ただし、Bさんに過失が認められた場合は過失相殺が行われます。例えば、BさんがA社から使用を義務付けられていたとび職用の安全靴を使用しておらず、それが理由で足を滑られてしまった場合などが考えられます。そのような場合はBさんにも過失の一部が認められ、その分が損害賠償額から減額されます。
長時間労働と安全配慮義務
長時間労働による過労死も安全配慮義務違反の典型例です。どのような場合に安全配慮義務違反となるのか、具体的な事例を挙げながら説明します。
1.安全配慮義務違反の判断基準
例えば、従業員が連日夜遅くまで残業をしており、会社がそのことを認識していたにもかかわらず適切な措置を講じなかったため、心疾患により突然死したとします。
しかし、どの程度の長時間労働が過労死の原因となり得るのか判断することは困難なようにも思われます。そこで、厚生労働省は時間外労働と死亡の因果関係を判断するための基準を定めています。これは「過労死ライン」と呼ばれています。
2. 「過労死ライン」の内容
「過労死ライン」の目安は月80時間を超える時間外労働です。脳卒中や心臓病を発症する前の2~6カ月間に月平均80時間以上の時間外労働をさせている場合、安全配慮義務違反が認定される可能性が高くなります。月に20日の出勤で所定労働時間が8時間の場合、1日平均4時間以上の残業をすると過労死ラインを超えることになります。
また、健康障害を発症する1カ月前に月100時間を超える時間外労働をしている場合も健康障害と長時間労働の因果関係が認められる可能性が高くなります。月20日の出勤で所定労働時間が8時間の場合、1日平均5時間以上の残業をするとこれに該当します。
さらに、健康障害を発症する前の1~6カ月間で月平均45時間を超えた時間外労働があった場合、時間外労働時間が長いほど、発症との関連性が強まります。月20日の出勤で所定労働時間が8時間の場合、1日2時間15分以上の残業をしている場合です。
3. 労働時間の管理
使用者には、タイムカードの記録やパソコンの使用時間の記録などの客観的なデータを元に労働者の労働時間を適正に管理する義務があるとされています。また、労働時間が過労死ラインを超えている場合には休暇を取らせるなど必要な措置を講じることが求められています。
メンタルヘルスと安全配慮義務
近年、増加傾向にあるのが、従業員がメンタルヘルス疾患を発症した際に安全配慮義務違反が問われるケースです。どのような場合に安全配慮義務違反となるのか、具体的な事例を挙げながら説明します。
1. メンタルヘルス疾患の原因は様々
安全配慮義務は、労働者の身体的な健康・安全だけでなく、精神的な健康・安全についても対象となります。すなわち、業務や職場内での問題が原因で従業員がうつ病などのメンタルヘルス疾患に罹患した場合、またそれにより自殺した場合に安全配慮義務違反が問われます。
メンタルヘルス疾患の原因として、長時間労働のほか、上司によるパワハラや業務の性質による精神的負荷などが挙げられます。
2. 最高裁の判例
「東芝事件」と呼ばれる判決では、うつ病の発症と業務関連性を認め、会社安全配慮義務違反があると判断しました(最高裁判所平成26年3月24日判決判タ1424号95頁)。
原告は、当時世界最大サイズの液晶画面の製造ラインを短期間で立ち上げることを内容とするプロジェクトのリーダーで、休日や深夜の勤務を含む長時間労働を余儀なくされていました。判決では、以下のような事情も考慮されました。
- 精神的負荷を伴う職責であったこと
- 業務の期限や日程を短縮され、業務の日程や内容につき上司から厳しい督促や指示を受ける一方で助言や援助を受けられなかったこと
- 過去に経験のない業務を新たに命じられるなどして負担を大幅に加重されたこと
安全配慮義務に違反した場合に問われる責任
安全配慮義務に違反すると会社や管理職はどのような責任が問われるのでしょうか。法律上の根拠や問われる責任について説明します。
1. 損害賠償請求の根拠
安全配慮義務について定めている労働契約法では、安全配慮義務違反に対する罰則は定められていません。安全配慮義務違反が問われるのは、実際に事故などが発生し、それが理由で従業員が怪我や疾患を負って損害が発生した場合です。
このような場合、安全配慮義務違反により損害を負った従業員は、怪我で仕事ができなくなったことによる損害の賠償や慰謝料の支払いを請求することができます。
法律上の根拠となるのは、主に次の3つです。
- 債務不履行責任(民法第415条)
- 不法行為責任(民法第709条)
- 使用者責任(民法第715条)
とりわけ事故により重い後遺症を負ったり、死亡したりしてしまった場合には、莫大な金額の損害賠償請求をされるおそれがあります。
2. 管理職の責任
会社だけではなく、管理職が個人として安全配慮義務違反による責任を負うことはあるのでしょうか。
労働契約法第5条の安全配慮義務を負う「使用者」は、同法2条2項により「その使用する労働者に対して賃金を支払う者」とされています。そのため、部長や課長、工場長や現場監督責任者などは、労働契約法上の「使用者」には当たりません。
しかしながら、使用者である会社は、管理職にある者を通じて安全配慮義務を履行しており、管理職者は実際に労働者を指揮監督する立場で、労働者の労働環境を左右できる存在ですので、管理職者も安全配慮義務を負っていると解されます。
安全配慮義務違反による損害が生じた際、管理職者個人を相手方として損害賠償を請求される場合もあるということを認識しておきましょう。
安全配慮義務に違反しないための対策
安全配慮義務に違反しないために企業や管理職はどのような対策に取り組めばよいのでしょうか。安全配慮義務に違反しないための対策について説明します。
1. コンプライアンスの遵守
安全配慮義務違反の根拠となるのは、労働基準法、労働安全衛生法、各業界の業法等の法律と、それに基づいて定められた指針などです。すなわち、「この法律を遵守すれば安全配慮義務違反が問われることはない」というものではなく、会社に求められているコンプライアンスを一つ一つ徹底する必要があります。
取り組むべき具体的な対策について理解するためには、自社が属する業界において従業員の安全と健康のために求められている措置を知ることが大切です。
例えば、運送会社の場合、車両の整備、安全運転の徹底、荷物の積付けや固縛、アルコール検知の実施長時間労働の抑止などが求められており、これらを怠ると事故に直結する可能性があります。このような安全対策に取り組むとともに、研修や指導を通じて従業員に徹底することが、安全配慮義務違反に違反しないためのポイントとなります。
2. 管理職が注意すべきポイント
会社ではなく従業員が責任を問われる典型例がハラスメントです。パワーハラスメント(パワハラ)、セクシャルハラスメント(セクハラ)などでは、会社だけでなく、加害者である管理職の社員も連帯して責任を問われるケースが増えています。パワハラ、セクハラといった典型的なものにとどまらず、昨今ではモラルハラスメント(モラハラ)、マタニティハラスメント(マタハラ)などハラスメントの範囲が拡大し、従業員側の意識も高まっています。
管理職としてハラスメント違反を問われないためには、これらのハラスメントについて正しい知識を身に着け、部下をはじめ業務で携わる関係者にハラスメントをしないよう心がける必要があります。
まとめ
今回は、管理職が知っておくべき安全配慮義務の内容、安全配慮義務に違反した場合のリスクなどについて解説しました。
安全配慮義務を徹底することは会社や管理職の方の損害賠償リスクを回避するために必要であり、従業員の身体、精神の健康を維持するためにも不可欠です。安全配慮義務を徹底するために必要な対策がわからない場合は、弁護士のアドバイスを受けながら自社に適した対策に取り組むとよいでしょう。
東京スタートアップ法律事務所では、企業法務に関する豊富な知識と経験を持つ弁護士が、様々な企業のニーズに合わせたサポートを提供しております。安全配慮義務を徹底するための具体的な対策に関するアドバイスも行っておりますので、お気軽にご相談いただければと思います。