退職した元従業員から内容証明郵便が届いた場合の会社側の適切な対応とは
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近年、未払い残業代や不当解雇等の問題で退職した元従業員から訴えられる企業が増えています。「ある日突然、元従業員から未払い残業代の支払いを求める内容証明郵便が届いたけれど、どのように対応すればよいかわからない」「元従業員から届いた内容証明郵便を無視すると、どのようなリスクがあるのか知りたい」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
今回は、退職した元従業員から内容証明郵便が届く理由、内容証明郵便を無視した場合のリスク、元従業員からの内容証明郵便に対する適切な対応と注意点、退職した元従業員とのトラブルを未然に回避する方法などについて解説します。
内容証明郵便の概要と目的
そもそも内容証明郵便とはどのような郵便で、何のために用いられるのか知りたいという方もいらっしゃるのではないでしょうか。まずは内容証明郵便の概要と送付する目的や効力について説明します。
1.内容証明郵便とは
内容証明郵便は、日本郵便株式会社(郵便局)が提供するサービスの一つです。相手に送付する文書を郵便局に保管してもらうことにより、いつ、誰から誰に、どのような内容の郵便を送付したのかを証明できます。書式や文字数等、一定の制約はありますが、誰でも利用することが可能です。
以前は内容証明を送付するために郵便局に出向く必要がありましたが、最近はインターネット上で利用できる電子内容証明郵便というサービスが提供されているため、自宅から手軽に送ることもできます。
2.送付する目的と効力
内容証明郵便は、なんらかの法的手段を取る前に自らの意思を相手に伝え、その証拠を残しておきたい場合に用いられることが多いです。内容証明郵便を送付する主な目的は以下の2つです。
- 相手に配達されたことを証明する
- 時効の完成を猶予する
2つの目的と効力について説明します。
①相手に配達されたことを証明する
内容証明郵便には配達証明というオプションサービスがあります。配達証明を付けることにより、内容証明郵便が相手に配達されたことを証明できます。そのため、将来的に訴訟等に発展する可能性があり、相手が郵便を受け取ったことを証拠として残したい場合に用いられます。配達証明付きの内容証明郵便を送ることにより、送付先の相手から「私はそんな郵便、受け取っていません。」と言われても、「配達された証拠が残っています。」と反論することができるのです。また、法律上、ある法律効果を発生させるには、相手に自分の意思を表示すること(「意思表示」)が必要な場合がありますが、内容証明郵便は、相手に対し「意思表示」をしたことを証明するための証拠にもなります。
②時効の完成を猶予する
内容証明郵便を送付することにより、消滅時効の完成を猶予することが可能です。内容証明郵便に「請求します」という文言を入れることにより、民法上の催告を行ったこととみなされます。催告は時効を中断するための要件の一つです。催告後、6カ月以内に裁判上の請求をすることが条件となりますが、内容証明郵便を送付することにより時効の完成を猶予させることができます。そのため、売掛金や未払い残業代の請求権など、消滅時効が存在する権利を行使したい場合に、内容証明郵便が用いられることが多いです。
退職した元従業員から内容証明郵便が届く理由
退職した元従業員から内容証明郵便が届く典型的なケースとして、未払い残業代の請求と不当解雇の訴えについて説明します。
1.未払い残業代の請求
退職した元従業員から内容証明郵便が届くケースとして最近増えているのが未払い残業代請求です。以前は、未払い残業代の消滅時効の期間は2年間でしたが、その根拠となる民法が改正され、債権の消滅時効が5年に延長された(2020年4月施行)ため、民法に合わせて段階的に延長されることになりました。2020年4月1日以降に発生する残業代から消滅時効が3年となり、将来的には民法と同じ5年となる可能性があります。
また、元従業員による未払い残業代請求が認められた場合、賃金支払日以降は遅延損害金年利3%(民法改正により従来の6%から3%になりました)、退職日以降はその翌日から14.6%の遅延利息が加算されます(賃金の支払の確保等に関する法律第6条第1項)。そのため、元従業員から未払い残業代を請求されると、企業は多額の未払い残業代の支払いを求められる可能性があります。企業側が「未払いの残業代はないはず」と考えていても、法廷で争われた際に、会社側の主張が認められず、元従業員からの未払い残業代請求に応じなければならなくなるケースも少なくありません。特に以下のようなケースでは、元従業員からの未払い残業代請求が認められる可能性が高いため、注意が必要です。
- みなし残業代・裁量労働制・歩合給等の制度の元、本来支払うべき残業代が支払われていなかった
- サービス残業が常習化していた
- 管理職などの役職に付いていたため、残業代を支給していなかった
2.不当解雇の訴え
未払い残業代請求と並んで、退職した元従業員から内容証明郵便が届く典型例として知られているのが不当解雇の訴えです。退職時は特に不満を訴えられることもなく、会社側は円満退職だと認識していた場合でも、事後的に不当解雇だとして訴えられることは珍しくありません。最近は、新型コロナウイルス感染症の影響を受けて、業績不振に陥った会社による解雇が激増して社会問題になっています。解雇された元従業員が不当解雇の訴えをした場合、労働者側が勝訴する可能性が高いといわれています。なぜなら、日本の労働法では、解雇が認められる条件が厳しく限定されているからです。解雇が認められるためには、原則として、以下の2つの要件を満たす必要があります。
- 解雇に客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であること(あるいは懲戒権の濫用にあたらないこと)
- 解雇日の30日以上前に解雇予告を行うか、あるいは30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払うこと
会社側が合法的な解雇だと認識していても、訴訟では解雇が無効だと判断されることが多いという点は認識しておきましょう。
内容証明郵便を無視・放置した場合のリスク
元従業員から内容証明郵便が突然届いて驚いたものの、日常業務に追われる中、内容を確認しないまま放置してしまうこともあるかもしれません。届いた内容証明郵便を放置または無視した場合、どのようなリスクがあるのでしょうか。具体的なリスクについて説明します。
1.労働基準監督署から是正勧告を受ける
元従業員から未払い残業代の支払いを求める内容証明郵便が送られてきたのに、特に対応を行わなかった場合、元従業員が労働基準監督署に相談する可能性があります。元従業員から相談を受けた労働基準監督署は、実状を確認するために会社を訪問して立入調査を行うこともあります。調査の結果、残業代未払いの事実が確認された場合、労働基準監督署は会社に対して是正勧告を行います。
厚生労働省が公表している『監督指導による賃金不払残業の是正結果(平成30年度)』によると、平成30年度に労働基準監督署の指導を受けて100万円以上の割増賃金の支払を行った企業の数は1,768社、労働者一人当たりに支払われた割増賃金の平均額は10万円ということです。サービス残業や残業時間の過少申告が常習化している会社や、労働時間の適切な管理ができていない会社は特に注意が必要です。
2.労働審判の申立を受ける
元従業員から送られてきた内容証明郵便には、期日とともに「上記の期日までに対応いただけない場合、法的措置を取らせていただきます。」などと記載されている場合も多いです。そのように記載されているにも関わらず、期日までに対応しなかった場合、法的手続を取られる可能性もあります。法的手続としては、訴訟という選択肢もありますが、最近は労働審判の申立てが行われるケースが多いかと思います。労働審判は、審判官1名と、労働問題に関する見識を持つ労働審判員2名により、原則として3回の審理で解決を図る手続です。労働審判の申立てを受けた場合の対応については後述します。
元従業員からの内容証明郵便に対する適切な対応と注意点
元従業員から内容証明郵便が送られてきた際は、法的手段を取る前の予告である可能性が高いため、可能な限り迅速に適切な対応を取る必要があります。会社側が取るべき対応と注意点について説明します。
1.冷静に内容を確認する
元従業員から内容証明郵便が送られてきた際、最初にやるべきことは、冷静に内容を確認することです。まずは、以下の点について確認しましょう。
- 差出人(本人のみか、代理人として弁護士がついているか)
- 回答期限
- 相手の請求事項
元従業員名の内容証明郵便は、代理人弁護士から送られてくる場合も多いです。その場合、労働審判や訴訟に発展することを見越して、証拠の収集などの準備が行われている可能性が高いです。会社が不利な立場に陥らないために、会社側も早めに弁護士に相談して対策を練ることをおすすめします。
また、回答期限が記載されている場合は、それまでに何らかの対応を行うようにしましょう。回答期限を守らないと、労働審判の申立などの法的手続が取られる可能性が高いです。
2.当事者間での解決の可能性を検討
相手の請求事項の内容によっては、当事者間の話し合いにより解決が可能な場合もあります。法的手段に頼ることなく当事者間の話し合いで解決できれば、時間的・経済的な負担が軽減され、より早い解決が望めるので、まずは当事者間の話し合いによる解決が可能かどうか検討しましょう。
当事者間の話し合いで労使間トラブルを円満に解決するためには、相手を論破して会社側に有利な結果を導き出そうとするのではなく、相手の意見を尊重し、お互いが納得できる妥協点を模索しようという誠実な姿勢が大切です。また、交渉の経緯や合意事項は後に証拠になりうるので、必ず書面に記録を残しておきましょう。
事実に対して当事者間の認識が大きく異なる場合は、当事者間の話し合いによる解決は難しいかもしれません。例えば、従業員が上司から日常的にパワハラを受けていたと主張しているのに対し、会社側はパワハラではなく業務上必要な指導だったと認識している場合などです。また、元従業員が会社に対して強い不満や不信感を抱いていて、話し合いには一切応じないという姿勢を崩さない場合もあります。そのような場合は当事者間の話し合いによる解決は望めない可能性もあります。
3.労働審判への対応
当事者間の話し合いによる解決ができない場合、法的手段により解決することになります。前述したとおり、労使間トラブルの解決手段としては労働審判が選択される場合が多いです。労働審判は、訴訟と比較して短い期間で解決することができるため、労働者だけではなく会社にとっても負担を軽減できる制度です。
ただし、労働審判は基本的には労働者の保護を目的とした制度なので、会社側が不利な立場に陥る可能性もあります。会社が不利な立場に追い込まれないためには、限られた期間内に綿密な準備を行う必要があります。労働審判への対応方法や注意点についてはこちらの記事にまとめていますので、参考にしていただければと思います。
4.風評被害への対策も忘れずに
最近は、退職した元従業員が会社に対して未払い残業代や損害賠償の支払いを請求し、その経緯や支払われた金額をネットやSNS上に匿名で公開するケースも増えています。そのような内容が公開されると、会社の評判が悪くなり、顧客や取引先が離れていくことや、新規採用が困難になることなどの影響が懸念されます。そのような事態を防ぐためには、従業員との和解書等に、本件に関する情報を、インターネットやSNSへ書き込み等により第三者に公開しない旨を明記しておくことが大切です。
退職した元従業員とのトラブルを未然に回避する方法
トラブルを解決した後は、同じようなトラブルが起きることを事前に防ぐために再発防止策を検討することが大切です。再発を防止するために必要なポイントや基本的な考え方について説明します。
1.就業規則や雇用契約書の見直し
労使間トラブルを未然に防ぐためには、就業規則や雇用契約書を徹底的に見直すことが大切です。就業規則や雇用契約書に、起こり得るトラブルを想定した上で、必要な条項が網羅されているか確認しましょう。
例えば、みなし残業(固定残業代)制度やフレックスタイム制を導入している企業では、本来行う必要がある労働時間の把握を行っていないケースが散見されます。そうすると、会社側が従業員の残業時間を把握できず、知らない間に未払い残業代が発生するリスクがあります。また。時間外や休日の労働を原則禁止し、時間外労働を使用者による許可制とする規定を就業規則に設けることにより、そのようなリスクを回避することが可能になります。
将来的な法的リスクを回避するために必要な条項を規定するためには、働き方改革関連法を含めた最新の労働関連法規に関する専門知識が求められるので、労働関連法規に精通した弁護士に相談しながら進めることが望ましいでしょう。
2.従業員を大切にする意識も大切
労使間トラブルを未然に防ぐためには、当然のことですが、従業員を大切にするという意識を持つことも不可欠です。退職後に会社を訴える方の多くは、会社に対して強い不満や不信感を持っています。労使間トラブルが発生した際は、従業員が会社に対して不満を持つようになった原因について考えてみましょう。
例えば、上司からパワハラを受けたことが原因でうつ病を発症し、無断欠勤や遅刻を繰り返すようになったことが原因で解雇された場合、「私がうつ病になったのは会社のせいなのに、クビにするなんてひどい」と思われてもしかたないでしょう。
会社には、従業員に業務を行わせる際に、労働者の健康を守るよう配慮する安全配慮義務が課されています(労働契約法第5条)。安全配慮義務で守るべき健康には、従業員のメンタルヘルスも含まれます。近年、職場に関連するストレスが原因でうつ病などの精神疾患を発症する方は増加傾向にあるので、会社には、従業員のメンタルヘルスを守るための対策を講じると共に、従業員が精神疾患を発症した場合の休職・復職に関するルールを就業規則等に定めて周知徹底することが求められます。
また、人件費削減を目的とした裁量労働制やみなし残業代制度の導入は、将来、従業員から未払い残業代の請求を受けるリスクがあるため注意が必要です。リスクを回避しつつも、従業員の生産性や満足度を向上させるためには、人件費削減よりも業務の効率化に注力することが大切なのではないでしょうか。
まとめ
今回は、退職した元従業員から内容証明郵便が届く理由、内容証明郵便を無視した場合のリスク、元従業員から内容証明郵便に対する適切な対応と注意点、退職した元従業員とのトラブルを未然に回避する方法などについて解説しました。
元従業員から内容証明郵便が届き、労働審判や訴訟に発展した場合、未払い残業代・解決金・慰謝料等の支払いなど、想定外の費用負担を負うリスクがあります。このようなリスクを防ぐためには、問題が発生してから事後的に対応するのではなく、未然に問題を防止する予防法務の視点を持つことが大切です。
我々東京スタートアップ法律事務所は、企業法務のプロとして最新の法規制はもちろん最新のビジネスモデルについても学び、各企業のニーズや方針に合わせた予防法務の実現をサポートしています。労使間トラブルの対応や予防に関する相談等がございましたら、ぜひお気軽にご連絡ください。
- 得意分野
- 企業法務、会計・内部統制コンサルティングなど
- プロフィール
- 青森県出身 早稲田大学商学部 卒業 公認会計士試験 合格 有限責任監査法人トーマツ 入所 早稲田大学大学院法務研究科 修了 司法試験 合格(租税法選択) 都内法律事務所 入所 東京スタートアップ法律事務所 入所