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更新日: 投稿日: 代表弁護士 中川 浩秀

従業員の勝手なサービス残業を禁止する方法・未払い残業代問題の予防策

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政府が働き方改革を推進し、時間外労働に対する法規制が厳しくなる中、水面下では賃金が支払われないサービス残業が増えているといわれています。従業員が自主的にサービス残業をしている場合でも、後から従業員が会社に対して未払い残業代を請求する等の労使間トラブルに発展するリスクがあるため注意が必要です。

今回は、サービス残業の実態、従業員のサービス残業を放置するリスク、従業員が勝手にサービス残業をする理由、時間外労働に関する誤解の典型例、未払い残業代問題の予防策などについて解説します。

サービス残業とは

サービス残業とは、会社から残業代が支払われない時間外労働をいいます。賃金不払い残業と呼ばれることもあります。残業は、本来、会社からの指示に基づいて行われ、雇用契約で決められた労働時間外の労働として割増賃金が支払われるべきです。しかし、サービス残業は従業員が会社に申請することなく自主的に行うため、多くの場合、労働時間として記録されることがなく、割増賃金も支払われません。

サービス残業の実態

最近は、政府が働き方改革を推進し、長時間労働の是正に向けた法改正も進みましたが、依然としてサービス残業をする労働者は存在します。サービス残業は水面下で行われることも多いため、実態を把握するのは困難ですが、調査結果等を元にサービス残業の実態について説明します。

1.課長クラス以上に多い傾向あり

日本労働組合総連合会が2015年1月に発表した『労働時間に関する調査』によると、「賃金不払い残業(サービス残業)をせざるを得ないことがある」と回答したのは、全体の42.6%に上りました。
同調査によると、役職別のサービス残業平均時間は以下の通りでした。

  • 一般社員:18.6時間
  • 主任クラス:19.6時間
  • 係長クラス:17.5時間
  • 課長クラス以上:28.0時間

一般社員と主任・係長クラスでは大きな差はありませんが、課長クラス以上は明らかに多い傾向があります。課長クラス以上の管理職は、部門の責任者として部下の仕事をカバーしなければいけない場面も多いため、必然的にサービス残業の時間も長くなるのかもしれません。会社が人件費削減に向けた取り組みの一環として残業時間の削減に注力することにより、部下の残業時間を減らすために管理職の仕事量が増えるという実態も指摘されています。

2.テレワークによりサービス残業が増加

最近は、新型コロナウイルスの感染防止策としてテレワークが急速に普及する中、テレワークを開始してから以前よりもサービス残業が増加しているという声も挙がっています。日本労働組合総連合会が2020年6月に発表した『テレワークに関する調査』によると、「テレワークで、残業代支払い対象の時間外・休日労働をしても申告しないことがあった」と回答した人の割合は65.1%と半数を超えていました。

時間外・休日労働を申告しない理由として最も多い回答は「申告しづらい雰囲気だから」(26.6%)でした。同調査では、テレワーク経験者の71.2%が「仕事とプライベートの時間の区別がつかなくなることがあった」と回答しています。他の従業員と離れた場所で仕事をしているのに「申告しづらい雰囲気」だと感じるのは、「仕事中にネットショッピングをしてしまった」「業務時間中なのに子供の相手をしてしまった」などという後ろめたさからかもしれません。また、申告しない理由として次に多い回答は「時間管理がされていないから」(25.8%)と、テレワーク勤務時の勤怠管理が徹底されていない実態が浮き彫りになりました。

従業員のサービス残業を放置するリスク

サービス残業は従業員が勝手に行っているものだから、放置しても特に問題ないと考えている方もいらっしゃるかもしれませんが、従業員のサービス残業を放置することにより会社は大きなリスクを抱える可能性があります。具体的なリスクの内容について説明します。

1.黙示の残業命令とは

従業員が会社から指示を受けずに自主的にサービス残業をしていたとしても、サービス残業の実態について会社が認識しつつ黙認していた場合は、黙示の残業命令があったものと判断されます。例えば、以下のようなケースでは黙示の残業命令があったものと判断される可能性が高いです。

  • 突発的なトラブル対応など業務上やむを得ない事情によりサービス残業した場合
  • 客観的に判断して通常勤務時間内で処理しきれない程の業務量を任されている場合
  • 慢性的な人手不足で、サービス残業が常態化している場合

2.未払い残業代請求のリスク

黙示の残業命令があったと判断された場合、会社が支払うべき残業代を支払っていなかったとして、従業員から未払い残業代の請求をされるリスクがあります。実際、従業員が会社に対して未払い残業代の支払いを求めて法的措置を取るケースは増えています。法的紛争の場で従業員の主張が認められた場合、会社は未払い残業代だけでなく遅延損害金や付加金の支払いを命じられる場合もあり、多額の負担を強いられることも珍しくはありません。

従業員が勝手にサービス残業をする理由

従業員のサービス残業を防ぐためには、従業員がなぜサービス残業をしているのか把握することが大切です。サービス残業の主な理由について説明します。

1.業務量に関する問題

前述した『労働時間に関する調査』によると、残業の原因として挙げられた回答の第1位は「仕事を分担できるメンバーが少ないこと」(53.5%)、次いで「残業をしなければ業務が処理しきれないほど、業務量が多いこと」(52.6%)でした。専門的な知識や経験を必要とする職種の場合、優秀な従業員に仕事が集中する傾向があります。優秀な従業員に仕事が集中している場合、特定の従業員しかできない属人化された業務が存在している可能性があります。属人化された業務は複雑で高度な専門知識を必要とするためマニュアル化することが難しいと言われていますが、可能な範囲内でマニュアル化して、他の従業員と分担できないか検討するとよいでしょう。

また、離職率が高い等の理由で慢性的な人手不足に陥っている職場では、業務時間内に処理しきれない程の仕事を抱える従業員が複数存在している可能性が高いです。業務全体を棚卸しして無駄な作業を徹底的に省く等の工夫をすることが、サービス残業の削減につながります。

2.職場の意識や雰囲気

また、「職場のワーク・ライフ・バランスに対する意識が低いこと」(23.7%)、「職場に長時間労働が評価される風潮があること」(10.4%)という回答も一定数ありました。最近は、政府が多様な働き方を認める職場環境作りを推進していますが、サービス残業を美徳とする価値観が根強く残っている企業も未だに存在しているのが現状のようです。特に管理職が「サービス残業は当たり前だ」という考え方の持ち主の場合、部下はサービス残業を強いられる傾向があります。
サービス残業を削減するためには、経営陣が残業に対する方針を明確に示し、管理職に対して会社の方針に沿ったマネジメント教育を行うことが大切です。

時間外労働に関する誤解の典型例

サービス残業等によって時間外労働が発生しているのに、時間外労働ではないと誤解されることが多いケースもあります。時間外労働に関する誤解の典型例について説明します。

1.名ばかり管理職の残業

日本では、管理職には残業代を支払う必要がないと誤解している方が多いです。管理職として働いている方の中にも「私は課長だから、何時間サービス残業しても、残業代がもらえないのは仕方ない」と思っている方もいらっしゃるかと思います。
たしかに、労働基準法第41条2号の規定により、管理監督者(監督若しくは管理の地位にある者)は、時間外労働の適用対象外とされています。しかし、全ての管理職が労働基準法上の管理監督者に該当するわけではありません。管理監督者に該当するか否かは、役職や肩書きの名称に関わらず、以下の3つの観点から実態に即して判断されます。

  • 職務内容、権限、責任等:経営者と一体的な立場であると判断できる程度の責任や権限を有しているか
  • 勤務態様、労働時間の管理状況:業務量や業務時間に裁量があるか
  • 待遇:経営者と一体的な立場である管理監督者に相応しい給与・手当が支払われているか

上記の観点から判断して、労働基準法上の管理監督者に該当しないのに、管理監督者として扱われ、残業代が一切支払われないケースは非常に多く、2008年に日本中の注目を集めた有名な裁判(東京地方裁判所平成20年1月28日判決)をきっかけに「名ばかり管理職」という言葉と共に社会問題化しました。この裁判の原告は、大手ファーストフード店の店長です。原告は、会社側が店長を管理監督者として扱い、残業代を支払わないのは違法だとして、未払い残業代等の支払いを求めました。裁判所は、店長の職務内容から管理監督者に該当しないと判断して原告の主張を認め、会社側に未払い残業代等約750万円の支払いを命じました。

この判決の翌月、日本労働弁護団が「名ばかり管理職110番」という名称の電話相談窓口を設置したところ、労働の過酷さや待遇の酷さなどの実態を訴える相談の電話が殺到したそうです。約5時間という短時間で130件寄せられた相談の中には、長時間の残業を強いられた末、自殺に至ったケースなど、深刻な相談内容も含まれていたとのことです。

2.固定残業代(みなし残業代)制度下の残業

固定残業代(みなし残業代)制度は、実際の残業時間に関わらず、毎月一定の時間残業したとみなして残業代を定額で支払う制度のことです。このような制度が導入されている企業では、何時間残業しても固定残業代以上を支払う必要はないと誤解している方も多いようですが、固定残業代分を超える時間外労働に対しては、超過分に対する賃金を支払わなければいけません。従業員が固定残業代分を超える時間外労働をしている実態を把握せずに、会社が超過分の時間外労働に対する支払いを怠った場合、従業員から未払い残業代の支払いを請求される可能性があるため、注意が必要です。

未払い残業代問題の予防策

従業員から未払い残業代を請求されるリスクを軽減するためには、どのような対策を講じることが必要なのでしょうか。未払い残業代問題を予防するための具体的な対策について説明します。

1.管理職の権利・待遇の見直し

会社が管理職として扱っていた従業員が、労働基準法上の管理監督者に該当しないため、会社が知らないうちに残業が発生しているというケースは珍しくありません。前述した通り、労働基準法上の管理監督者に該当するか否かは以下の3つの観点から実態に即して判断されます。

  • 職務内容、権限、責任等:経営者と一体的な立場であると判断できる程度の責任や権限を有しているか
  • 勤務態様、労働時間の管理状況:業務量や業務時間に裁量があるか
  • 待遇:経営者と一体的な立場である管理監督者に相応しい給与・手当が支払われているか

残業代を支給していない管理職全員が、上記の基準を満たしているか確認しましょう。以下のようなケースは、労働基準法上の管理監督者と認められない可能性が高いです。

  • 経営に関する意思決定にほとんど関与することなく、経営陣の指示に従って部下を管理している
  • 厳格なルールはないが、業務上、毎日決められた時間に出社・退社せざるを得ない状態である
  • 役職手当が月1~2万円程度と少額である

上記のような実情がある場合、労働基準法上の管理監督者に相応しい扱いができるよう、権限や待遇の見直しを行いましょう。

2.適切な労務管理

前述した通り、日本労働組合総連合会が実施した『テレワークに関する調査』では、「テレワークで、残業代支払い対象の時間外・休日労働をしても申告しないことがあった」と回答した人のうち4分の1を超える25.8%が、時間外・休日労働を申告しない理由として、「時間管理がされていないから」と回答していました。時間管理されていない状態で従業員が会社に申告することなく残業を行い、後から会社に対して未払い残業代を請求した場合、会社が不利な立場に陥る可能性が高いです。

サービス残業が黙示の残業命令によるものと判断されるリスクを回避するためには、時間外労働や休日出勤等を許可制とする旨を就業規則に明記し、周知徹底することが望ましいでしょう。無許可の残業を禁止することにより、会社が把握しないサービス残業に対する未払い残業代を請求されるリスクを最小限に抑えることができます。新型コロナウイルス感染拡大防止のために、在宅勤務時の労働時間の管理や残業に関するルール構築等の準備が十分にできていない状態で在宅勤務制度の導入に踏み切った企業も多いようですが、会社は在宅勤務を含めた従業員の全労働時間を把握する義務を負うことを認識し、適切な労務管理体制を整えましょう。

3.実効性のある業務効率化

サービス残業に関する問題を根本的に解消するためには、自社でサービス残業が発生している原因を徹底的に調査・分析した上で実効性のある業務効率化に取り組むことが大切です。厚生労働省の「働きやすく生産性の高い企業・職場表彰」最優秀賞(2017年)、「テレワーク推進企業等厚生労働大臣表彰(輝くテレワーク賞)」特別奨励賞(2018年)などの受賞歴を持つITサービス企業大手のSCSK社では、働き方改革に取り組む際、全社員を対象として「サービス残業アンケート」を実施し、問題がありそうな部署に対して徹底的にヒアリングを行ったそうです。SCSK社は、2011年10月に、住商情報システム(SCS)とCSKの2社が経営統合して誕生した会社です。経営統合時はIT業界の他の企業と同様に長時間労働が常態化している状況で、アンケート結果から以下のような実態が明らかになりました。

  • 夜遅くまで働く社員、休まない社員を良い社員とする風潮がある
  • 徹夜で働く社員、会社に寝泊まりしている社員が存在する
  • 優秀な社員に業務が集中している

SCSK社では、長時間労働が蔓延するIT業界にありがちな上記のような状況を改善し、働きやすい職場を構築するために、以下のような数値目標を掲げ、2013年4月から「スマートワーク・チャレンジ20」というプロジェクトを開始しました。

  • 残業時間:月間平均残業時間20時間以下
  • 年次有給休暇:100%取得(年間20日)

その結果、残業時間は、2013年度は22.0時間、2014年度は18.1時間まで削減して目標を達成でき、有給休暇についても、2013年度は18.7日、2014年度は19.2日まで取得率を向上できたそうです。

SCSK社では、経営陣が、残業削減だけではなく本気で働きやすい職場作りを目指すという強いメッセージを発信し続け、全社員を巻き込んで組織的な取り組みを行ったことにより、現場からも、無駄な資料作りや会議をなくす等のアイデアが次々と挙がったそうです。日常業務を熟知した現場の担当者に積極的にアイデアを出してもらうことにより、業務効率化を実現できる可能性が高まります。
サービス残業をなくしたいけれど何から着手すればいいかわからないという場合、SCSK社の取り組みを参考に、自社の方針に沿った施策を検討してみてはいかがでしょうか。

まとめ

今回は、従業員が勝手にサービス残業をする理由、従業員のサービス残業を放置するリスク、時間外労働に関する誤解の典型例、未払い残業代問題の予防策などについて解説しました。

サービス残業の問題を根本的に解消するためには自社の現状を分析した上で、組織的に業務効率化に取り組むことが大切です。

東京スタートアップ法律事務所では、企業法務・経営に関する専門知識と豊富な経験に基づいて、各企業の状況や方針に応じたサポートを提供しています。サービス残業や未払い残業代の問題に関するご相談にも対応しておりますので、お気軽にご連絡いただければと思います。

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執筆者 代表弁護士中川 浩秀 東京弁護士会 登録番号45484
2010年司法試験合格。2011年弁護士登録。東京スタートアップ法律事務所の代表弁護士。同事務所の理念である「Update Japan」を実現するため、日々ベンチャー・スタートアップ法務に取り組んでいる。
得意分野
ベンチャー・スタートアップ法務、一般民事・刑事事件
プロフィール
京都府出身
同志社大学法学部法律学科 卒業
同大学大学院 修了
北河内総合法律事務所 入所
弁護士法人アディーレ法律事務所 入所
東京スタートアップ法律事務所 開設
書籍・論文
『スタートアップの法務ガイド』中央経済社
『スタートアップの人事労務ガイド』中央経済社