発達障害の従業員に対する会社の対応と注意点・解雇したい場合は?
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記事目次
近年、大人の発達障害に関するテーマがメディアで取り上げられることが多くなり、注目を浴びています。発達障害は先天的な脳の機能障害で、幼少期からその徴候が現れるはずですが、軽度の場合は本人も周囲も気づかない場合も少なくないようです。しかし、社会人になり、職場でのコミュニケーションや日常業務の中でトラブルが発生し、本人または周囲が「発達障害なのでは?」と気づくケースがあります。
「発達障害の従業員に対して、会社はどのように対処すべきなのか知りたい」「発達障害の疑いがある従業員が問題を起こした場合に解雇することは法律上認められるのか知りたい」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
今回は、発達障害の種類と特性、発達障害の従業員が職場で起こす典型的なトラブルの事例、発達障害の人に向く業務と向かない業務、発達障害の従業員に対する適切な対応、退職を促す場合の流れと注意点などについて解説します。
発達障害とは
発達障害は外見からは判別できない障害であり、また発達障害の種類、程度、周りの環境などによって症状の現れ方が大きく異なるため、十分に理解することが難しい障害です。まずは、発達障害の定義など発達障害を理解する上で重要な概念などについて説明します。
1.通常低年齢で発現する脳機能の障害
発達障害は、先天的な脳の機能障害の一種です。2004年に制定された発達障害者支援法では以下のように定義されています。
“自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの”(同法第2条1項)
この定義で示されている通り、発達障害は先天性の障害なので、低年齢で症状が発現することが通常ですが、実際は、本人も周囲も発達障害に気づかず、医師の診断を受けていない場合も少なくありません。発達障害の種類、程度、周囲の環境などによって症状の現れ方は大きく異なり、日常生活で特に大きな問題なく過ごせる場合も多いようです。
しかし、就職して働き始めると、職場に適応できない、ミスが多い等の問題が顕在化して、発達障害であることが発覚することもあります。発達障害の診断は専門の医師でも非常に難しく、本人が「自分は発達障害かもしれない」と思って専門医に相談しても、医師からは発達障害と診断されないケースもあります。発達障害の傾向はあるものの、医師から発達障害と診断がされないケースは、“グレーゾーン”と呼ばれています。
2.社会人になってから顕在化する理由
発達障害は低年齢で発現するのに、なぜ社会人になってから顕在化することが多いのでしょうか。その背景には、以下のような実状があります。
- 職場では、発達障害の方の多くが苦手とするコミュニケーションスキルが求められる
- 職場では、発達障害の方がストレスに感じる事柄を回避できない場合が多い
- 発達障害の特性について十分理解している人が少ないため、発達障害に起因するトラブルが起きた場合に周囲から問題視される
学生時代は苦手なことやストレスに感じることは回避できますが、職場では回避できない場合も多いです。そのため、職場内での問題や過剰なストレスにより精神的なダメージを受けたことをきっかけに心療内科を受診して、発達障害であることが判明するケースもあります。
3.発達障害者支援法における発達障害者の定義
発達障害者支援法は、発達障害者を以下のように定義しています。
“発達障害がある者であって発達障害及び社会的障壁により日常生活又は社会生活に制限を受けるもの”(同法第2条2項)
上記条文の“社会的障壁”という表現は、2016年の法改正により追加されたもので、以下のように定義されています。
“発達障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のもの”(同法第2条3項)
職場などで周囲の理解不足のせいで発達障害者に対して必要な配慮がされていない状態であることも“社会的障壁”に含まれるといえるでしょう。
発達障害の種類
発達障害にはいくつかの種類があり、それぞれ特性が異なります。また、複数の種類を併発しているケースも多いと言われています。発達障害の主な種類の特性や傾向について説明します。
1.自閉スペクトラム症
自閉スペクトラム症(ASD:Autism Spectrum Disorder)は、以前は、自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー症候群など別々の名称で呼ばれていた発達障害の総称です。2013年にアメリカ精神医学会(APA)の診断基準が改定されて以来、共通した特性を持つ障害として診断名が統一されました。
自閉スペクトラム症は、社会的なコミュニケーションや対人関係が苦手、興味の対象が限定的で興味がない事柄については全く関心を示さないなどという特性を持ちます。
関心のある事には強い情熱を注ぐため、特定の分野で高い能力を発揮する人も珍しくありません。しかし、周囲から理解されない環境下では、強いこだわりや不安などの情緒障害が現れ、社会生活を送ることが困難になる場合もあります。
2.注意欠陥多動性障害
注意欠陥多動性障害(AD/HD:Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)は、不注意、多動性、衝動性などの特性を持つ発達障害です。
職場内では、ケアレスミスが目立つ、約束の時間に遅れる、頻繁に忘れ物をするなどの行為が問題になる場合があります。他方で、先入観に囚われない斬新なアイデアを思い付くなど突出した能力を持つ方も少なくありません。また、得意な分野では集中力を維持し、能力を発揮する方もいらっしゃいます。
3.限局性学習障害
限局性学習障害(SLD:Specific Learning Disability)とは、全般的な知的発達に遅延はみられないけれど、読み、書き、計算、推論などの特定の能力を習得することに著しい困難をきたす発達障害です。
職場内では、議事録を書けない、仕事上必要な計算ができない等が問題になる場合があります。ただし、苦手な能力は限定されているので、その部分をカバーできる人がサポートにより問題なく業務をこなすことが可能です。
発達障害の人に向かない業務・向く業務
発達障害の方には得手不得手の差が大きいという特徴があります。得意な分野については優れた能力を発揮する方も多いので、得意なことを見抜き、力を発揮できる業務を任せることにより、戦力となる可能性は十分あります。発達障害の方に向かない業務と向く業務について説明します。
1.自閉スペクトラム症
自閉スペクトラム症の方は、人とのコミュニケーションが苦手なので、以下のような業務には向きません。
- 電話対応や接客など臨機応変な対応が求められる業務
- 営業職など高度な対人スキルが求められる業務
- 他社や他部署との調整が必要な業務
- 作業環境や業務内容の変化が激しい業務
自閉スペクトラム症の方は、関心のある分野に対しては集中力を発揮することが多いため、本人の興味や関心と合致し、集中して行える業務が向いているといわれています。また、業務マニュアルを忠実に守ることを得意とする方も多いので、マニュアルに従って行うことが求められる業務も向いている可能性があります。
2.注意欠陥多動性障害
注意欠陥多動性障害の方は、不注意や多動性という特性を持つため、以下のような業務には向きません。
- ケアレスミスが許されない業務
- 長時間に渡り集中力が求められる業務
- 締切を厳守することが求められる業務
注意欠陥多動性障害の方の中には、斬新なアイデアを思い付くなどの能力を持つ方もいらっしゃるので、本人の能力を見極めることが向いている仕事を見つける上でのポイントになります。
3.限局性学習障害
限局性学習障害の方は、読字、書字、算数、計算など特定の能力にのみ障害があり、他の能力は正常です。向き不向きを判断するためには、本人が苦手とすることを丁寧にヒアリングし、どの能力に障害があるかを見極めることが大切です。
職場で起こる典型的なトラブル事例
発達障害の従業員は職場でどのような問題を起こす可能性があるのでしょうか。想定されるトラブルの典型例をご紹介します。
1.商談中の上司を阻害
自閉スペクトラム症の方は、場の空気を読むことや状況に合わせて機転を利かせて柔軟に対応することが苦手です。また、基本的に業務マニュアル等に記載された内容を厳守し、例外を認めたがらない傾向があります。
そのため、顧客と商談中に上司がマニュアルに書かれている内容に反する事を顧客に提案した際に、「それはマニュアルに反しているので、できません。」などと堂々と発言して商談の邪魔をするなどのトラブルを起こす場合があります。
2.離席時間が長く仕事が進まない
注意欠陥多動性障害の方の多くは、長時間じっとしていることが苦痛に感じられます。30分も席に座っていることができず、事務作業中にすぐに離席して、共有スペースを歩きまわり、なかなか席に戻ってこないため、仕事がスケジュール通りに進まないという問題が起きる場合もあります。
3.パニック発作を起こす
自閉スペクトラム症や注意欠陥多動性障害の方の中には、感覚過敏を持つ方もいらっしゃいます。感覚過敏とは、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚などが刺激に対して過度に強い反応を示すことをいいます。
そのため、聴覚過敏の方が職場で電話の着信音や雷などの大きな音を聴いた途端、パニック発作を起こすなどの問題が起きる場合もあります。
企業に求められる合理的配慮とは
2016年4月に施行された障害者差別解消法により、障害者に対する不当な差別的扱いの禁止と共に、合理的配慮の提供が企業に義務付けられました。企業に義務付けられた合理的配慮の提供義務の内容について説明します。
1.合理的配慮とは
合理的配慮とは、障害の有無に関わらず、一人ひとりの特性や状況に応じて発生する障害や困難を取り除くための個別的な調整のことをいいます。本人の特性、担当する業務、環境などによって求められる合理的配慮の内容は異なります。
内閣府が公開している『障害者差別解消法リーフレット』には、以下のように記載されていました。
障害者差別解消法では、障害のある人に「合理的配慮」を行うことなどを通じて、「共生社会」を実現することを目指しています。
(引用元:障害者差別解消法リーフレット)
共生社会とは、障害の有無に関わらず、お互いの個性を認め合いながら共に生きる社会のことです。
2.罰則規定は?
障害者差別解消法には、企業が合理的配慮の提供を怠った場合の罰則規定は設けられていません。ただし、厚生労働大臣は、障害者に対する差別の禁止や合理的配慮の提供に関して必要があると認めるときは、事業主に対して、助言、指導又は勧告を行うことができる旨、規定されています(障害者の雇用の促進等に関する法律第36条の6)。合理的配慮の提供を実現するためには、助言、指導、勧告等の行政指導により、継続的に改善を促すことが有効であると考えられているからです。
3.発達障害かどうか不明な場合は?
発達障害であることを本人が自覚していない場合、または自覚しているけれど会社に伝えていない場合でも、会社は合理的配慮の提供義務を負うのでしょうか。
厚生労働省が2015年に公開した合理的配慮指針には、事業主が必要な注意を払ってもその雇用する労働者が障害者であることを知り得なかった場合は合理的配慮の提供義務違反を問わない旨が記載されています。
しかし、『障害者差別解消法リーフレット』には、障害者差別解消法の対象には、障害者手帳の所持者だけではなく、発達障害や精神障害を持つ方や社会生活に相当な制限を受けている全ての方が含まれる旨が記載されています。つまり、発達障害であるかは不明だとしても、発達障害の傾向があり、職場環境の中で配慮が必要と考えられる状況にある場合、障害者差別解消法の対象となり、会社は合理的配慮の提供義務を負うと考えるべきでしょう。
発達障害の従業員に対する適切な対応
合理的配慮の提供義務を果たし、発達障害の従業員が働きやすい環境を整えるために、会社はどのような対応を行えばよいのでしょうか。発達障害の従業員またはその疑いのある従業員に対する適切な対応について説明します。
1.適材適所に配置する
発達障害の方はそれぞれ異なる特性や得手不得手を持っているので、その人の得手不得手や特性をしっかり見極めて、適材適所に配置することが大切です。本人の特性にマッチした業務を担当することにより、本来持っている力を発揮することが可能になります。
現在所属している部署からの異動を検討する場合は、本人とよく話し合い、可能な限り本人の希望を尊重することが望ましいでしょう。
2.スムーズに仕事ができる工夫をする
自閉スペクトラム症の方は、状況に合わせて臨機応変に対応することが苦手です。業務マニュアルを忠実に守ろうとする方も多いので、マニュアルには可能な限り例外処理が起きた場合の対応についても詳細に記載しておくとよいでしょう。また、マニュアルに記載されていない事が起きた場合の報告先も記載しておくと、トラブルを未然に防げる可能性が高まります。
注意欠陥多動性障害の方の多くは、長時間動かずにじっとしていることにストレスを感じます。ストレスを軽減するためには、仕事を1時間単位など短時間ごとに区切り、休憩を挟みながら、時間ごとに異なる内容の業務を行うなどの工夫が効果的です。短時間で区切ることにより、達成感を感じやすくなり、モチベーション向上効果も期待できます。
3.環境を整備する
発達障害の症状は、環境に大きく影響されるといわれています。発達障害の人が苦手とする環境は、個人差が非常に大きいため、一人ひとりの特性に合う環境を整えることが大切です。例えば、聴覚過敏のせいで、電話の着信音などの周囲の音によって大きなストレスを感じる方の場合、イヤーマフ(耳全体を覆うタイプの防音保護具)の使用を許可する等の対応は効果的です。
4.身近にサポートできる人を配置する
発達障害の有無に限らず、一緒に働く人との相性によって、発揮できる能力や仕事の効率に差が出ることは多々あります。発達障害の方の場合、周りの人が苦手な部分をサポートすることにより、驚くほどの能力を発揮することもあります。ただし、身近にサポートできる従業員を配置する場合、その従業員に負荷がかかりすぎないよう配慮することも大切です。
5.丁寧なフィードバックを繰り返す
発達障害の方の中には、過去の挫折や失敗の経験から自己肯定感が低く自分に自信を持てない方も多くいらっしゃいます。そのため、本人が自信を持って業務に取り組めるよう、日頃から良くできている点や改善が必要な点などについて丁寧なフィードバックを繰り返すことも大切です。
厚生労働省障害者雇用対策課が公開している『合理的配慮指針事例集』には、以下のような事例が掲載されていました。
できるようになったことやできていることを本人に伝えて、繰り返しほめる、評価する、会社に必要な人材だと自己肯定感を高めてもらうような声かけを行う。
(引用元:合理的配慮指針事例集(厚生労働省障害者雇用対策課))
『合理的配慮指針事例集』の67ページ以降には、発達障害の従業員に対する企業の配慮の事例が他にも多数掲載されていますので、ぜひ参考にして下さい。
退職を促す場合の流れと注意点
発達障害の従業員が職場で度々トラブルを起こし、配置転換を検討したものの適切な部署が見つからない場合など、退職してもらう以外の道がない場合もあるかと思います。発達障害のみを理由とした解雇は法律上認められませんが、退職勧奨を行うことは可能です。
退職勧奨とは、使用者である会社側が、労働者である従業員に自主退職を促すことをいいます。退職勧奨を行う場合の流れと注意点について説明します。
1.退職勧奨の流れ
退職勧奨は、解雇と比較するとトラブルに発展する可能性は低いですが、慎重に進める必要があります。
退職勧奨は、一般的に以下の流れで行います。
- 退職勧奨通知書・退職勧奨同意書の用意
- 面談・退職勧奨通知書を渡す
- 退職勧奨同意書に署名をもらう
このような流れで退職勧奨を行った場合でも、従業員が退職に応じない可能性があるため、面談が複数回にわたることもあります。
退職勧奨の面談を経て、従業員が納得して退職に合意した場合でも、退職後に会社に対して不満を持ち、実質的に解雇である等として会社を訴える等のトラブルに発展することは珍しいことではないので、将来的なトラブルを想定しながら慎重に進めることが求められます。退職勧奨の進め方や注意点については、こちらの記事にまとめましたので、参考にしていただければと思います。
退職勧奨を行う際は、事前に退職勧奨通知書や退職勧奨同意書を用意することも重要です。特に退職勧奨同意書は、従業員が退職後に退職合意の無効を主張した際、会社側が提出する証拠として重要な役割を果たします。
退職勧奨通知書や退職勧奨同意書の記載事項や文例については、こちらの記事を参考にして下さい。
2.精神疾患の疑いがある場合は要注意
発達障害者が職場内でのトラブル等により精神的なダメージを受けて、うつ病や適応障害等の精神疾患を発症するケースは少なくありません。発達障害を背景として発症する精神疾患は二次障害と呼ばれています。退職勧奨の対象となる従業員が二次障害を発症していた場合、退職勧奨を行う前に治療のために休職させる等の対応が必要となります。
職場に関連するストレス等が原因で精神疾患を発症した従業員に対して、会社が適切な対応を怠った場合、安全配慮義務違反に問われる可能性があるので慎重な対応が求められます。
退職した従業員とトラブルにならないためにも、退職勧奨を行う環境や方法等によって、対象となっている従業員が追い詰められたと感じないように配慮する必要があります。
まとめ
今回は、発達障害の種類と特徴、発達障害の従業員が職場で起こす典型的なトラブルの事例、発達障害の人に向く業務と向かない業務、発達障害の従業員に対する適切な対応と注意点、退職を促す場合の流れと注意点について解説しました。
近年、労働者の仕事に対する価値観や働き方は多様化しています。発達障害者や発達障害の傾向がある従業員にとって働きやすい職場環境の整備に積極的に取り組むことは、従業員の多様なニーズへの対応力の強化、全ての従業員にとって働きやすい理想的な職場作りにもつながります。
我々東京スタートアップ法律事務所は、企業法務・経営のスペシャリスト集団として、様々な企業のニーズに合わせた理想的な職場環境構築のサポートに取り組んでおります。発達障害の従業員に関する相談なども受け付けておりますので、お気軽にご相談いただければと思います。