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更新日: 投稿日: 代表弁護士 中川 浩秀

配置転換命令が違法と判断される基準・拒否された場合の注意点も解説

配置転換命令が違法と判断される基準・拒否された場合の注意点も解説
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企業では、生産性の向上や人材育成などの様々な理由から、従業員に対して転勤や部署異動等の配置転換を命じることがあります。最近は、長引く新型コロナウイルス感染拡大の影響で悪化した業績を立て直すために、配置転換を行う企業も増えています。
配置転換は従業員にとって望ましいことではない場合も多く、「従業員から配置転換を拒否される」、「配置転換は違法だと主張される」等のトラブルに発展するケースも珍しくないため、慎重に進める必要があります。

今回は、配置転換の定義、配置転換命令の有効性の判断基準、配置転換の目的、配置転換の有効性を巡る裁判例、従業員が配置転換を拒否した場合の適切な対応などについて解説します。

配置転換とは

まずは、配置転換の定義、配置転換が認められるための要件について説明します。

1.配置転換の定義

配置転換とは、人事異動の一つで、組織内で職種・職位・勤務地などを変更することを意味します。配転と略されることもあります。企業は、従業員に対して、労働契約に基づく指揮命令権として人事権を有しています。人事権とは、従業員の地位、職務、業務内容、処遇等を決定する権利をいいます。企業が従業員に対して配置転換を指示する配置転換命令権は、人事権の一つです。
配置転換は、狭義では同一組織内における異動を意味しますが、広義では組織に所属したまま他社の部署に配属される出向なども含みます。

2.配置転換命令が認められるための要件

配置転換命令は、労働契約に基づいて行使されることが求められます。具体的には、就業規則や雇用契約書などに、「会社は業務の必要に応じ、従業員に対して職種や勤務地の変更を命じることができる。」等の規定を設けている場合、その規定を根拠として、会社は従業員に対して、配置転換命令権を行使することが可能です。

就業規則や雇用契約書に会社が配置転換命令を出すことができる旨が記載されていない場合、もしくは、会社が配置転換命令を出すことができないと記載されている場合に、配置転換命令は認められません。
例えば、勤務地限定正社員(地域限定正社員)の場合、雇用契約書に「勤務地は採用時に決定したエリアに限定する」などという規定が設けられていることが通常です。この場合、採用時に決定した地域以外への転勤を伴う配置転換命令は、無効とされます。

配置転換命令の有効性の判断基準

就業規則や雇用契約書等に配置転換命令権に関する規定が設けられている場合、原則として、従業員は配置転換命令を拒否することができません。ただし、権利濫用による配置転換命令は無効とみなされる場合もあります。配置転換命令の有効性の判断基準について説明します。

1.業務上の必要性の有無

配置転換を行う際には、業務上の必要性が求められます。業務上の必要性について、過去の裁判例(最高裁判所昭和61年7月14日判決)では、以下のように定義されています。
“その異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することなく、企業の合理的運営に寄与する点が認められる場合を含む。”
具体的には、人材の適正配置、経営上の課題解決、業務効率化、人材育成、新規事業展開、業績悪化時の雇用の維持等の合理的な理由がある場合は広く認められる傾向にあります。ただし、従業員が妊娠した等の、業務と無関係な理由のみによる配置転換命令は無効となります。

2.不当な動機・目的の有無

不当な動機や目的により発令された配置転換命令は無効とされます。典型例として、退職を促すことを目的として、配置転換を命令した場合が挙げられます。退職勧奨に応じない従業員に対し、配置転換命令を出したことがきっかけとなり、労使間で法的紛争に発展するケースは多くみられます。会社側が損害賠償責任を負う結果となる可能性が高いため、会社側は注意が必要です。

3.従業員が被る不利益の程度

配置転換命令により、従業員の被る不利益が、通常甘受すべき程度を著しく超えた場合も、配置転換は無効とされます。「通常甘受すべき程度」という判断基準について、過去の裁判において、子供の保育園の送り迎えに支障が生じる程度は、通常甘受すべき範囲内であり、配置転換命令は認められるとされています。
ただし、障害や精神疾患等により、援助を必要とする家族に対して、必要な援助ができなくなる場合は、通常甘受すべき程度を著しく超えるとみなされる可能性が高いです。

配置転換の目的

配置転換はどのような目的で行われることが多いのでしょうか。主な目的について説明します。

1.適材適所の人材配置

従業員が本来持っている能力を発揮することができる部門へ配置することは、企業の生産性向上につながります。従業員の業務に対する適性や能力は、入社後しばらく経過してから判明する場合も多いため、適材適所の人材配置のために、配置転換が必要となるケースは少なくありません。

2.組織の活性化

部署内に所属する従業員の能力や、年齢層のバランスを整え、組織を活性化するために、配置転換が行われる場合も多いです。新たなメンバーが加わることにより、部署内の風通しが良くなり、モチベーションの向上にもつながります。

3.新規プロジェクト・新部署設立等への対応

新規プロジェクトの立ち上げや、新規部署の設立に伴い、配置転換が行われることもあります。従来の部署から適性のある人材を配置することにより、新しい人材を雇用する必要がなくなります。そのため、人件費を抑えることができます。

4.従業員の能力開発

従業員の能力開発の一貫として、幅広い業務を経験させるために配置転換が行われることもあります。新卒社員に関しては、入社後の適性を判断するために、定期的に配置転換が実施されるケースもあります。

5.癒着による不正の防止

長期間に渡り同じ業務を担当すると、癒着による不正が発生しやすくなります。そのため、不正を防止することを目的として、定期的に配置転換が行われる場合もあります。特に金融機関など金銭を取り扱う組織は、不正の温床となるリスクが高いため、比較的短い期間で配置転換が行われることもあります。

配置転換の有効性を巡る裁判例

配置転換の有効性を巡る裁判で、配置転換が有効と判断された事例、無効と判断された事例を2件ずつ紹介します。

1.配置転換が有効と判断された事例

①事務職から営繕室への配置転換を巡る裁判

配置転換が有効と判断された事例として最初にご紹介するのは、学校法人で事務職員として勤務していた従業員が、営繕室での業務担当へ配置転換命令を受けたことに対して、配置転換の無効を主張した事例です(東京地方裁判所令和2年2月26日判決)。営繕室は、施設の定期的な点検や備品の管理を担当する部門です。本件は、以下の3つの判断基準から、配置転換が権利の濫用には当たらず、有効であると判断されています。

  • 業務上の必要性:営繕室での業務は、学校側にとって欠くことのできない業務であること、複数の業務を経験させることは人材の育成を図る上で有用性があることから、業務上の必要性が認められました。
  • 配置転換の動機・目的:限られた人員の中から本件の従業員を選んだ点について、この従業員の経歴や他の従業員の状況等に照らして不当な動機又は目的があったとは認められませんでした。
  • 従業員が被る不利益:本件では配置転換によって、勤務場所が学校内で変わらないことや給与に変更がないこと、また、労働環境が他の従業員と比べて劣悪ではないことから不利益はないと判断されました。

さらに、業務内容に関して、精神的・肉体的な負担がないことを踏まえると、従業員に対する不利益はないと判断されました。

②勤務地の異動を巡る裁判

次にご紹介するのは、大手金融機関において、勤務地の異動を命じられた従業員が、業務上の必要性を欠くことなどを理由に、配置転換が無効であると主張した事例です。(静岡地方裁判所平成26年12月12日判決)。
本件における従業員側の主張と会社側の反論は以下の通りです。

  • 従業員側の主張:当該配置転換は、業務上の必要性を欠く上、通勤時間が長くなり、家庭や育児に十分な時間が確保できなくなる。そのため、配置転換は無効である。
  • 会社側の反論:この配置転換が不正行為の防止、かつ従業員のスキルアップのためであり、従業員が被る不利益は著しくない。

双方の主張に対して、裁判所は、当該従業員が金銭の管理を取り扱う業務に従事していることから不正防止等の業務上の必要性を認めた上で、以下のように判断しました。

長時間通勤を回避したいというのは、年齢、性別、配偶者や子の有無等に関わらず、多くの労働者に共通する希望である。配転命令の有効性を判断するにあたって考慮すべき労働者の不利益の程度は、当該労働者の置かれた客観的状況に基づいて判断すべきものであり、(中略)原告の主観的事情に基づいて判断すべきものではない

上記の判断により、原告である従業員側の主張は認められず、配置転換は有効であるとされました。

2.配置転換が無効と判断された事例

①アルバイトの勤務地変更を巡る裁判

配置転換が無効と判断された事例として最初にご紹介するのは、大手レンタカー会社で、アルバイトとして、雇用契約を長期間に渡って複数回更新してきた従業員の男性が、勤務地変更の配置転換命令を無効であると主張した事例です(津地方裁判所平成31年4月12日判決)。
この会社には、アルバイトに配転を命じる旨の社内規定が存在しましたが、裁判所は以下のような理由から、当該配転命令は権利の濫用に当たり無効であると判示しました。

  • アルバイトは基本的には通いやすい場所を選んで勤務するものである
  • 他の店舗での勤務については、近接店舗に応援するのみとされている
  • 原告の男性を他の店舗に配置転換する必要が認められる事情はなかった

原告の男性は、2014年に雇止めとなり、合理的な理由を欠くとして会社を訴え、2017年6月に雇止めは無効とする判決が確定しました。その直後に会社から配置転換を命じられたため、原告の男性は、当該配転命令は、雇止めを無効とする判決に対する報復だと訴えましたが、この件については言及されませんでした。

②自死という重大な結果に至った事例

次にご紹介するのは、競合店舗の価格調査業務への配置転換の強要が、パワーハラスメントに該当するとして、家電量販店の元従業員の遺族が、会社と元店長に対して損害賠償を求めた事例です(大津地方裁判所平成30年5月24日判決)。
本件では、元従業員が社内ルールを逸脱する行為を続けていたことを理由に、元店長は競合店舗の価格調査業務への配置転換を指示しました。元従業員は、他の家電量販店勤務時代に価格調査を行った際、他店の店員に囲まれた経験があったため、価格調査が精神的に苦痛であることを訴えて元店長と約4時間話し合いましたが、翌日の朝、自宅で自死しました。
配置転換の指示が、元従業員の自死という重大な結果に至った本件において、裁判所は、女性が強い精神的苦痛を受けたことを認め、会社側に損害賠償の支払いを命じました。配置転換の指示と自殺の因果関係については、実際に調査業務を行っていないことから否定されました。

従業員が配置転換を拒否した場合の適切な対応

従業員が配置転換命令を拒否した場合、会社側はどのように対処すればよいのでしょうか。会社側が行うべき適切な対応について説明します。

1.従業員の懸念事項を確認

まず、従業員が配置転換を拒否する理由を確認しましょう。上記の裁判例のように、従業員が配置転換後の業務に対して、過去の経験等により強い精神的な苦痛を感じている可能性もあるため、強制的に配置転換命令に従わせようとすることは控えて下さい。
配置転換後の業務内容や自分の役割が不明だからという理由で従業員が不安を感じている場合は、配置転換後の業務内容や期待される役割について、丁寧に説明しましょう。また、配置転換を行う理由や背景などを詳しく説明し、配置転換に関する不安を軽減するように努めましょう。

2.給与や手当の見直し

勤務地の変更に伴い、単身赴任を強いられることになる等、生活面や経済面での懸念事項を抱えている場合は、単身赴任手当、家賃補助、帰省費手当等の支給、基本給の増額等、待遇の見直しを検討するとよいでしょう。従業員の状況や要望を踏まえたサポートを提供することにより、従業員に納得してもらえる可能性が高くなります。

3.適切な処分の検討

法律上特に問題のない配置転換命令を従業員が拒否した場合、雇用契約違反となり、就業規則等の規定に基づいて処分を命じることができます。ただし、法的紛争に発展する可能性もあるため、会社側には慎重な検討が求められます。近年、配置転換命令の有効性を判断する際、労働者の私生活における不利益が、より重視されている傾向があります。
2008年3月から施行された、労働契約法第3条3項には、仕事と生活の調和への配慮の原則として、以下のように定められています。

労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする

処分を検討する前に、従業員の生活面の事情について丁寧にヒアリングしましょう。転勤によって、病気や障害等で援助を必要とする家族を看護できなくなる等、私生活に重大な支障が出ることが判明した場合には、配置転換自体を再検討することが望ましいでしょう。

まとめ

今回は、配置転換の定義、配置転換命令の有効性の判断基準、配置転換の目的、配置転換の有効性を巡る裁判例、従業員が配置転換を拒否した場合の適切な対応などについて解説しました。

配置転換を命令する際は、事前に配置転換命令の有効性の要件を満たしているか、慎重に検討し、従業員に対して十分な説明を行うことが大切です。

東京スタートアップ法律事務所では、豊富な企業法務の経験に基づいて、各企業の状況や方針に合うサポートを提供しております。置転換命令の有効性に関する検討、配置転換を巡る労使間トラブルの対応等の相談も受け付けていますので、お気軽にご連絡いただければと思います。

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執筆者 代表弁護士中川 浩秀 東京弁護士会 登録番号45484
2010年司法試験合格。2011年弁護士登録。東京スタートアップ法律事務所の代表弁護士。同事務所の理念である「Update Japan」を実現するため、日々ベンチャー・スタートアップ法務に取り組んでいる。
得意分野
ベンチャー・スタートアップ法務、一般民事・刑事事件
プロフィール
京都府出身
同志社大学法学部法律学科 卒業
同大学大学院 修了
北河内総合法律事務所 入所
弁護士法人アディーレ法律事務所 入所
東京スタートアップ法律事務所 開設
書籍・論文
『スタートアップの法務ガイド』中央経済社
『スタートアップの人事労務ガイド』中央経済社