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更新日: 投稿日: 代表弁護士 中川 浩秀

業績悪化による減給は違法?従業員の給料を減額する場合の法的リスクとは

業績悪化による減給は違法?従業員の給料を減額する場合の法的リスクとは
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昨今、新型コロナウイルス感染拡大の影響などにより会社の業績が悪化し、人件費削減のために従業員の給料を減額することを検討する企業が増えているようです。しかし、給料は従業員にとって生活の基盤を支える大切な資産です。減給の内容や、手続などに問題がある場合、従業員から訴訟を起こされるなどのトラブルに発展する可能性があります。そのため、減給を検討する際は、法的リスクを想定しながら、慎重に進める必要があります。

今回は、会社の業績悪化を理由とした従業員の給料の減給の違法性、業績悪化を理由とした減給を巡る裁判例、業績悪化により減給する際の手順と注意点などについて解説します。

労働契約の内容変更による減給の違法性

従業員の給料を減額する場合、原則として労働契約そのものの内容を変更する必要があります。労働契約の法的性質、労働契約の内容を変更するための条件について説明します。

1.労働契約とは

労働契約とは、使用者(会社)が労働者(従業員)を雇用する際に取り交わす契約です。日本では、民法で定められた契約自由の原則に基づき、どのような内容の契約を交わすかは、契約当事者が基本的に自由に決めることができます。

ただ、契約当事者の立場や力関係に違いがある場合、契約自由の原則を貫くと、弱い立場の者にとって不利な契約が締結されてしまう可能性があります。労働契約も、当事者である使用者(会社)と労働者(従業員)の間に立場の違いがある契約の一つです。そのため、労働基準法をはじめとする労働関連法規により、契約の内容が規制されています。労働関連法規に違反する内容の労働契約は、無効とされる場合や、法律が規制する最低基準への修正を求められる場合がある、という点は認識しておきましょう。

2.労働契約の内容を変更するための条件

労働契約では、賃金や労働時間などの労働条件を明示する必要があります(労働基準法第15条)。そのため、従業員の給料を減額する際は、労働契約の内容を変更する必要があります。労働契約の内容は、使用者である会社側が一方的に変更することはできませんが、会社と従業員の双方が対等な立場で合意している場合には、変更することが可能です(労働契約法第8条)。

ただし、労働契約の内容について、変更が認められるためには以下のような条件を満たす必要があります。

  • 就業の実態に応じて、均衡を考慮すること(労働契約法第3条2項)
  • 仕事と生活の調和にも配慮すること(同法第3条3項)

業務内容や勤務時間は全く変わらないのに基本給を3割減とする、住宅手当や通勤手当などの生活や通勤に必要な手当を廃止する等のケースは、上記の条件を満たしているとはいえず、労働契約法違反となる可能性が高いでしょう。

就業規則の内容変更による減給の違法性

従業員の給料を減給する場合、原則として労働契約の内容変更が必要だと前述しましたが、例外として、就業規則の内容変更による減給が認められる場合もあります。具体的にどのような場合に認められるか説明します。

1.就業規則とは

就業規則は、賃金や労働時間などの労働条件や職場内の規律をまとめた規則です。常時10人以上の労働者を使用する場合、就業規則の作成と労働基準監督署への届出が義務付けられています。
就業規則に記載する事項は、以下の3種類に大別されます。

  • 絶対的必要記載事項:必ず記載しなければならない事項
  • 相対的必要記載事項:定めをする場合は必ず記載しなければならない事項
  • 任意記載事項:使用者(会社)が任意に記載できる事項

賃金の決定方法と計算方法、支払方法、締切り、支払時期は絶対的必要記載事項、賞与(ボーナス)や退職金は相対的必要記載事項に該当します。

2.就業規則の変更により減給できる可能性があるケース

①ベースダウンが可能な場合

就業規則に、給与の基本給部分の金額が記載された賃金表(テーブル)がある場合、賃金表の金額を変更することにより、一律に賃金を増減することが可能です。賃金表の金額を書き変えることにより基本給を減額することをベースダウン、逆に増額することをベースアップといいます。
ただし、就業規則に賃金表がなく、「賃金は個別の雇用契約書で定める。」などと記載されている場合は、従業員ごとの個別の同意が必要となります。そのため、就業規則の変更により、一律に基本給を減額することはできません。

②諸手当の支払いの停止が可能な場合

就業規則上、住居手当、扶養手当などの諸手当の支給について規定されている場合、手当の規定の最後に、「前項の規定にかかわらず、令和○年○月から当面の間は支給しない。」などという記載を追加することにより、業績が回復するまでの間、支給を停止することが可能です。

3.就業規則の変更による減給が認められる条件

ベースダウンが可能な場合、諸手当の支払いを停止することが可能な場合について説明しましたが、この2つのケースに該当する場合でも、就業規則の変更が無条件に認められるわけではありません。法律上、就業規則による労働契約の内容の変更について、労働者との合意なく労働者にとって不利益となる変更はできないと定められています(労働契約法第9条)。ベースダウンと諸手当の支払いの停止は、いずれも労働者(従業員)にとって不利益となる変更に該当するため、従業員の合意が必要となります。

ただし、以下の2つの要件を満たす場合は、例外的に従業員の合意なく会社側から一方的に変更することが認められます(同法第10条)。

(1)変更後の就業規則を労働者に周知させること

(2)就業規則の変更が次の事情に照らして合理的であること

  • 労働者の受ける不利益の程度
  • 労働条件の変更の必要性
  • 変更後の就業規則の内容の相当性
  • 労働組合等との交渉の状況
  • その他の就業規則の変更に係る事情

上記5つの判断要素について説明します。

①労働者の受ける不利益の程度

労働者の受ける不利益の程度とは、減給の額や言及の割合のことを意味します。従業員にとって、賃金は生活に欠かせない大切な資金です賃金が大幅に減額された場合、従業員が普通に生活することさえ困難な状況に陥る危険があります。そのため、減額の割合は、必要最小限に留めることが求められます。何割まで認められるかについては一概に言えませんが、基本給と諸手当を含めた月給の5%~10%程度までに留めることが望ましいでしょう。

②労働条件の変更の必要性

労働条件の変更の必要性は、業績悪化による減給の場合、主に会社の財務状況などから、どの程度、減給の必要に迫られているのか判断されます。経営破綻に追い込まれそうな程、資金繰りが悪化しているケースなどでは、言及の必要性が認められる可能性が高いでしょう。

③変更後の就業規則の内容の相当性

変更後の就業規則の内容の相当性は、変更後の就業規則の内容が妥当であるかどうかという判断基準です。業務内容が同じなのに、一部の従業員のみが減給の対象となるなど、不公平な差が生じる場合などは相当性が認められない可能性があります。

④労働組合等との交渉の状況

労働組合等との交渉の状況の「労働組合等」には、労働組合がない企業の労働者の過半数を代表する者、労働者の意思を代表する団体なども含まれます。就業規則の変更により減給する際には、「労働組合等」の該当者に対して十分な説明を行い、意見を聴く必要があります。また、反対意見に対しては、納得が得られるよう誠実に交渉を行うことが求められます。

⑤その他の就業規則の変更に係る事情

その他の就業規則の変更に係る事情は、上記の4つの要素には該当しないけれど、就業規則の変更の内容が合理的か否かを判断する際に考慮すべき事情を包括的に意味しています。就業規則の変更の内容の合理性は、これらの事情を考慮しながら総合的に判断されることになります。

業績悪化を理由とした減給を巡る裁判例

業績悪化を理由とした減給を巡る有名な裁判例をご紹介します。業績の悪化に伴い、合理化に向けた施策の一貫として経費削減のために従業員の賃金を一方的に30%減額した事案です(東京地方裁判所平成6年9月14日判決)。

会社側は賃金の減額について、以下のように主張しました。

  • 整理解雇を回避するためのやむを得ない措置であること
  • 賃金規定に基づいた減額であること

裁判所は会社側の主張を以下のような理由から退けました。

  • 整理解雇を選択しなかったことは賃金の減額を有効とする根拠とならない
  • 根拠とされる賃金規定は昇給について定めた規定であり、減額に関する記載はない

裁判所は最終的に、労働契約において賃金は最も重要な労働条件であり、従業員の同意を得ることなく会社側が一方的に従業員に不利益となる変更をすることは認められないとの判決を下しました。

業績悪化により減給する際の手順と注意点

業績悪化により減給する際、どのような手順で進めれば、従業員から訴訟を提起されるなどのリスクを回避できるのでしょうか。具体的な手順や注意が必要な点について説明します。

1.減給以外のコスト削減策の検討

具体的な減給の内容について検討する前に、従業員の給料を減額する以外にコスト削減のためにできる施策がないかを十分に検討して下さい。具体的には、以下のような施策が考えられます。

  • 役員報酬のカット
  • 賞与(ボーナス)のカット
  • 福利厚生の廃止
  • 限定正社員制度の導入

勤務時間を限定した限定正社員制度を導入した場合、短時間勤務を希望する従業員のみ勤務時間を短縮し、その分の基本給を減額することが可能です。希望者のみを対象とした人件費削減を実現できるため、従業員から訴訟を提起されるリスク回避やモチベーション低下の防止につながります。

限定正社員について詳しく知りたい方は、こちらの記事にまとめていますので、参考にしていただければと思います。

2.減給の内容の検討

他の方法を実施しても十分なコスト削減が見込めず、従業員の減給が必要だと判断した場合、具体的な額を計算した上で、減給の内容を決定しましょう。例えば、基本給を一律5%減給するとした場合、最も基本給が低い従業員の月給はいくら減るのか、どの程度人件費を削減できるかなど、シミュレーションを繰り返すとよいでしょう。
また、検討する際は以下のような観点を持つことが大切です。

  • 従業員の生活に与える悪影響を最小限に抑えること
  • 従業員の間で不公平な差が生じないこと
  • 基本給を減額する代わりに勤務時間を短縮するなどの代償措置を講じること

上記のような観点を持つことは、将来的に従業員との間でトラブルが発生するリスクを軽減することにつながります。

3.従業員への説明

減給の内容が決定したら、従業員に対して説明を行います。会社の経営状況や減給の実施を決断した背景について真摯な姿勢で説明し、従業員の理解を得るように努めることが大切です。「新型コロナウイルスのせいで会社の業績が思わしくないので、来月から給料を一律2割減額します」などという簡単な説明だけでは、従業員は到底納得することができません。会社の売上の推移など具体的な数字をグラフ化して会社が危機的な状況に陥っていることを視覚的に示すなどの工夫をし、減給の必要性について従業員に理解してもらえるよう丁寧に説明することが大切です。

また、経営状況の説明と併せて以下のような内容を説明することができれば、従業員に納得してもらえる可能性は高くなるでしょう。

  • 従業員の減給を決断する前に役員報酬の減額等の施策を行ったこと
  • 危機的な現状を乗り越えて業績を回復させるための具体的な経営戦略
  • 業績が回復した際は減給措置を解除して従来の給料を支給すること

4.従業員の同意を得る

従業員に説明した後は、各従業員の真意に基づく同意を得る必要があります。同意を得た際は、将来的に起こり得るトラブルに備えて必ず書面で形に残すことが大切です。口頭のみで同意を得た場合、将来、訴訟などのトラブルに発展した際に「減額について説明は受けましたけど、同意したつもりはありません。」などと言われ、会社側が不利な立場に陥ってしまうおそれがあるからです。就業規則を変更した場合は、就業規則の変更に対する同意書、雇用契約書を再締結した場合は雇用契約書に署名押印をしてもらった上で保管しておきましょう。

また、同意を得る際は強引に進めないよう十分注意して下さい。強制的に同意書に署名押印させた場合は、従業員の真意に基づく同意と認められず、同意は無効とみなされます。反対派の従業員に対しては、同意を無理強いするのではなく、誠実な態度で協議を尽くすことが大切です。

5.必要な手続を行う

就業規則の変更を行った場合は、労働基準監督署に提出する必要があります。従業員一人ひとりの同意書を添付する必要はありませんが、労働者代表の意見書の添付は必要なので、忘れないようにしましょう。

まとめ

今回は、業績悪化を理由とした従業員の給料の減給の違法性、業績悪化を理由とした減給を巡る裁判例、業績悪化により減給する際の手順と注意点などについて解説しました。

業績悪化により人件費削減の必要に迫られて従業員の減給を検討する際は、法的なリスクを回避しつつコスト削減の目標を達成するために慎重に計画を練ることが大切です。

東京スタートアップ法律事務所では、法務・経営・会計のスペシャリストがノウハウを結集し、様々な企業のニーズや方針に合わせたコスト削減策・経営再建策の策定をサポートしております。お電話やオンライン会議システムによるご相談も受け付けていますので、お気軽にご連絡いただければと思います。

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執筆者 代表弁護士中川 浩秀 東京弁護士会 登録番号45484
2010年司法試験合格。2011年弁護士登録。東京スタートアップ法律事務所の代表弁護士。同事務所の理念である「Update Japan」を実現するため、日々ベンチャー・スタートアップ法務に取り組んでいる。
得意分野
ベンチャー・スタートアップ法務、一般民事・刑事事件
プロフィール
京都府出身
同志社大学法学部法律学科 卒業
同大学大学院 修了
北河内総合法律事務所 入所
弁護士法人アディーレ法律事務所 入所
東京スタートアップ法律事務所 開設
書籍・論文
『スタートアップの法務ガイド』中央経済社
『スタートアップの人事労務ガイド』中央経済社