従業員が交通事故を起こした際に会社が問われる法的責任と適切な対処法
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ある日突然、従業員が交通事故を起こした、または巻き込まれたという事態が起きた際、会社はどのように対応するべきなのでしょうか。従業員が起こした交通事故により、会社はどのような法的責任を問われる可能性があるのでしょうか。
今回は、交通事故により発生する法的責任、従業員の交通事故により会社が問われる可能性のある法的責任、従業員が交通事故を起こした際に会社が取るべき対応、従業員の交通事故防止に向けた対策、マイカー通勤を認める場合の注意点などについて解説します。
交通事故によって発生する責任
交通事故により発生する責任として、刑事上、民事上、行政上の3種類の責任があります。それぞれ順番に説明します。
1.刑事上の責任
刑事上の責任は、社会の法秩序を維持するためのもので、罰金や懲役等の刑事罰を伴います。
以前は、自動車運転の過失により人を死傷させた場合は業務上過失致死傷罪(刑法第211条)が適用されていましたが、自動車運転による悪質な交通事故が多発したことから、2007年の刑法改正により厳罰化されました。現在は、自動車運転過失致死傷罪が適用され(刑法第211条の2)、罰則は懲役7年以下または罰金100万円以下です。
また、2014年に施行された「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」(略称: 自動車運転死傷処罰法)の第2条に危険運転致死傷罪が規定されました。飲酒、無免許、スピード違反等の危険運転等の悪質な運転により人を死傷させた場合は危険運転致死傷罪が成立し、怪我をさせた場合は15年以下、死亡させた場合は1年以上20年以下の懲役が科されます。
業務中の運転で、飲酒や無免許に該当するケースはほとんどないかもしれませんが、営業職の従業員が、顧客と約束した時間になんとか間に合わせようとついスピードを出し過ぎて事故を起こすなどという可能性は考えられるのではないでしょうか。
2.民事上の責任
交通事故の被害者に損害を与えた場合の民事上の責任として、不法行為責任(民法第709条)や自動車損害賠償保障法に基づく損害賠償責任が発生します。被害者が被った損害を金銭に換算し、その金額を被害者に支払うことで被害者の原状回復を図ります。
不法行為による損害とは、被害者が被った身体的・財産的な損害および精神的な損害のことをいい(民法第710条)、交通事故の被害者は、傷害・死亡による人身損害と物的損害(物損)の賠償を加害者に対して請求することが可能です。つまり、損害賠償の対象は、被害者の治療費や通院交通費だけではなく、車両の修理費、レッカー費用、代車使用料なども含まれます。自動車保険(任意保険)に加入している場合、損害保険会社が被害者との示談交渉を代行してくれます。
3.行政上の責任
行政上の責任は運転免許に関する責任です。行政上の責任の目的は、道路交通の安全の確保にあります。交通事故の度合いによって、免許取消し、もしくは免許停止(免停)の処分が下されます。この処分は公安委員会が行政機関として行います。
従業員の交通事故によって生じる会社の責任
従業員が交通事故を起こした場合、会社はどのような責任を問われる可能性があるのでしょうか。会社が問われる可能性のある使用者責任と運行供用者責任について説明します。
1.使用者責任
使用者責任とは、従業員が業務上の過程における不法行為により第三者に損害を与えた場合に、使用者である会社が問われる責任をいいます(民法第715条)。使用者責任は以下の2つの原理を根拠としています。
- 報償責任の原理:他人を使用して事業を営む者は、それにより多くの利益を得ているので、それに伴う損失も負担するべきである
- 危険責任の原理:他人を使用することにより対外的に危険を発生・増大させた者はこれにより生じた危険について責任を負うべきである
2.運行供用者責任
運行供用者責任とは、自動車による人身事故が発生した際、自動車の運用を支配して利益を得ている立場である運行供用者が問われる賠償責任をいいます(自動車損害賠償保障法第3条)。運行供用者であるか否かは、以下の2つの基準により判断されます。
- 運行支配:車の使用をコントロールできる権限や地位を有していること
- 運行利益:その車の運行によって利益を得ていること
運行供用者責任は、人身事故の被害者保護の観点から、不法行為責任で被害者が十分な救済を得られない場合に備えて定められたものであり、運行支配、運行利益ともに広く認められる傾向にあります。使用者責任は人身損害と物的損害の両方が対象となるのに対して、運行供用者責任は人身損害のみが対象となるため、物的損害に対する賠償責任を問われることはありません。
3.会社が法的責任を問われるケース
使用者責任、運行供用者責任ともに業務時間外でも広く認められる傾向にあります。
従業員が会社所有の営業車を業務で使用していた場合だけではなく、マイカー通勤中に起きた交通事故であっても、その車を業務のために使用することも黙認されていた場合などは使用者責任を問われる可能性が高いです。
ただし、社内のマイカー通勤規定等に、マイカーの業務使用禁止を規定し、実際に業務のためには一切使用されていない実態が認められた場合は、マイカー通勤中の事故について会社は責任を問われない可能性もあります。
従業員が交通事故を起こした際に会社が取るべき対応
実際に従業員が交通事故を起こした場合、会社はどのような対応を取るべきなのでしょうか。会社が取るべき適切な対応について時系列で説明します。
1.本人の負傷の程度を確認
従業員から交通事故を起こしたという報告を受けた際、最初に確認するべきことは、本人の負傷の程度です。怪我を負っていて会社に連絡するのが精一杯という状態の場合は、救急車を呼ぶように伝えて下さい。既に救急車を手配済みの場合は、搬送先の病院がわかり次第、病院名を連絡してもらうよう伝えましょう。
2.緊急措置を行ったか確認
本人が怪我をしていない場合、または怪我の程度が軽い場合は、緊急措置を行ったかを確認しましょう。道路交通法第72条1項には、交通事故を起こした当事者が直ちに取らなければいけない緊急措置義務として、以下のような措置が定められています。
①負傷者の救護
交通事故により怪我を負った者がいる場合、負傷が軽度に思えたとしても、必ず速やかに救急車を手配して救護を行います。
②危険防止措置
他の通行車両の邪魔にならないようにハザードランプを点灯させて事故車両を移動させる、ガラスなどが散乱した場合は片付ける等、速やかに二次被害を回避するための危険防止措置をとります。高速道路では、追突事故が発生しないよう発煙筒を焚くなどの措置も必要です。
③警察へ事故報告
負傷者の救護と危険防止措置が完了したら、速やかに最寄りの警察署に連絡します。怪我人がいない物損事故や単独事故の場合でも警察への届け出は必要です。
3.事故状況の把握
交通事故後の最優先事項である緊急措置を行ったことを確認した後は、事故についての状況を確認します。具体的には以下の内容を確認して下さい。
- 事故が発生した日時と場所
- 死傷者・負傷者の有無
- 負傷者がいる場合は負傷の程度
- 損壊した物がある場合は損壊の程度
- 目撃者の有無
目撃者が存在する場合、可能であれば、目撃者の氏名と連絡先を聞くように指示しましょう。交通事故では、被害者と加害者の認識が食い違う場合も多く、目撃者の証言が示談交渉などの場面で有力な証拠となる可能性もあります。
4.保険会社への連絡
社用車の事故の場合、企業が加入している任意保険の保険会社に連絡して、従業員から聴き取った事故状況を報告します。従業員が所有する車で事故を起こした場合は、従業員が加入している任意保険の保険会社に速やかに連絡するよう指示して下さい。人身事故の場合、事故発生後60日以内に連絡する必要があるという点には注意が必要です。
従業員の交通事故に対する対策
最後に、従業員の交通事故防止に向けた対策やマイカー通勤を認める場合の注意点について説明します。
1.従業員の交通事故防止策
日常業務の中で自動車を利用する従業員がいる場合は、従業員の交通事故を予防するための対策を講じることが大切です。最近は、従業員の交通事故防止のために、車両管理システムを導入する企業も増えているようです。車両管理システムには、スピード超過、急発進、急減速など、危険運転につながる行為を自動検知してアラートを発動する機能など、安全運転を実現するための機能が搭載されています。
また、交通事故は、過労や睡眠不足が原因で発生する場合も多いため、適切な労務管理を行うことも、交通事故防止につながります。
2.事故が発生した場合の対応マニュアルの作成
完璧な交通事故の防止策を講じたとしても、交通事故を100%防ぐことはできません。また、交通事故を起こした時は、普段は冷静沈着な人でも、気が動転して頭が真っ白になり、何をすべきか判断できなくなることも珍しくはありません。そのため、従業員が交通事故を起こした際に適切な対応が取れるよう、対応マニュアルを作成しておくことは非常に大切です。
作成したマニュアルは、業務で自動車を利用する従業員、マイカー通勤をする従業員、社内で交通事故発生時に連絡を受ける可能性のある従業員など、関係者全員に配布し、研修の機会を設けるなどして内容を周知徹底しておきましょう。
3.マイカー通勤を認める場合の注意点
日常業務の中で自動車を利用する必要はないが、マイカー通勤を希望する従業員がいるため、マイカー通勤は認めているという場合は、マイカー通勤規定を整備して、マイカー通勤を許可制にすることが大切です。具体的な内容について説明します。
①マイカー通勤規定を整備する
前述した通り、マイカー通勤中の交通事故でも、会社がマイカー通勤を業務で利用することを黙認していた場合などは、マイカー通勤中に従業員が起こした交通事故の損害賠償責任を会社も負うおそれがあります。ただし、会社がマイカーの使用を通勤に限定し、業務利用を禁止している場合は、会社が責任を問われない可能性が高いです。そのため、マイカー通勤規定を定め、以下の内容を明記し、周知しておくことが非常に重要です。
- マイカー通勤者は業務のために自己の自動車を使用してはならない
- マイカー通勤時に起こした事故については、会社は一切の責任を負わない
②マイカー通勤を許可制にする
また、マイカー通勤を許可する基準を明確に決めて、許可制にすることも大切です。許可を申請する際は、以下の書類の提出を求めるとよいでしょう。
- 運転免許書のコピー
- 通勤に使用するマイカーの車検証のコピー
- 任意保険の保険証のコピー
- 安全運転等に関する誓約書
交通事故を起こした際、被害者に対する損害賠償を任意保険でカバーできるかという点は非常に重要です。対人賠償、対物賠償、搭乗者傷害等、一定の水準を満たしていることも許可の条件としておくとよいでしょう。また、任意保険は1年更新の場合が多いので、更新時に再度申請が必要という制度にしておくことも大切です。
まとめ
今回は交通事故により発生する法的責任、従業員の交通事故により会社が問われる可能性のある法的責任、従業員が交通事故を起こした際に会社が取るべき対応、従業員の交通事故防止に向けた対策、マイカー通勤を認める場合の注意点などについて解説しました。
日常業務の中で自動車を活用している場合やマイカー通勤を認めている場合、常に交通事故のリスクが伴うことを認識し、実際に交通事故が発生した時に適切な対応を取れるように備えておくこと、会社が損害賠償責任を負うリスクを最小限に抑えるための対策を講じておくことが大切です。
我々東京スタートアップ法律事務所は、企業法務のスペシャリスト集団として、様々な企業のニーズに合わせたサポートを提供しております。従業員が交通事故を起こした際の対応、各企業の状況や方針に応じた自動車事故発生時の対応マニュアルの作成、交通事故の未然防止策、マイカー通勤規定の策定等のご相談にも応じておりますので、お気軽にご連絡をいただければと思います。
- 得意分野
- ベンチャー・スタートアップ法務、一般民事・刑事事件
- プロフィール
- 京都府出身
同志社大学法学部法律学科 卒業
同大学大学院 修了
北河内総合法律事務所 入所
弁護士法人アディーレ法律事務所 入所
東京スタートアップ法律事務所 開設