業績不振により整理解雇する際の人選基準等の注意点
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長引く新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて業績が悪化し、整理解雇が避けられない状況にある企業は少なくありません。しかし、整理解雇は経営不振等により人員削減が必要だという理由のみで無条件に認められるわけではありません。そのため、事前に整理解雇の必要性や対象者の選定基準などを慎重に検討する必要があります。特に整理解雇は、労働者の落ち度に基づく解雇ではなく、使用者側の経営上の理由による解雇であるため、解雇の有効性については厳しく制限されるところに特徴があり、慎重に実施する必要があります。
今回は、整理解雇が法律上認められるための要件、整理解雇の人選基準を巡る裁判例、整理解雇を実施する際の注意点、事前に弁護士に相談するメリットなどについて解説します。
整理解雇が法律上認められるための要件
2021年7月、コロナの影響で業績が悪化したバス会社が50代の男性社員を整理解雇した事例の裁判で、人員削減計画の説明が不十分で、解雇対象の選定方法も不適切であったことから「解雇は合理性を欠き、社会通念上相当とは言えない」として解雇は無効と判断され、会社に給料の支払いを命じる決定が下りました。
整理解雇は、以下の4つの要件を満たさなければ、法的紛争の場では無効と判断されるといわれてきました。もっとも、近時は4つの「要素」の総合考慮により解雇の有効無効の判断をすべきとの見解も有力です。ただし、「要素」説に立ったとしても、企業側は4つの「要素」を満たすように努めなければならないという点は変わりありませんので、注意が必要です。
1.人員削減の必要性
整理解雇をするためには、経営不振等により人員削減が必要だという経営上の理由があることが必要です。経営不振の状況を脱するためという理由は認められますが、生産性を向上させ経営を改善するためという理由による解雇は認められません。
経営不振の状況を脱するために人員削減が必要であることを証明するためには、業績不振の状況がどの程度で人員削減がどの程度必要なのかを具体的な数字(売上高、利益、売上原価、人件費、市場動向というような数値)を示しながら説明する必要があります。
丁寧な説明は、「1.人員削減の必要性」だけではなく、下記の「4.解雇手続きの相当性」にも同時に対処することにもつながりますので、具体的な数字を示した丁寧な説明は非常に重要といえます。
2.解雇回避の努力を尽くしたこと
整理解雇は、会社の業績不振を脱却するための最終手段でなければなりません。整理解雇を行う前に、役員報酬の削減を含む経費節減、希望退職者の募集、出向や配置転換など、整理解雇を避けるためにできる限りの努力を尽くしていることが必要です。
従業員とのトラブルを避けるためには、希望退職者の募集が有効です。整理解雇とは違い、退職を希望する従業員を対象とするため、将来的に法的紛争などのトラブルに発展する可能性が低いというメリットがあります。
上記のような解雇回避のための努力を尽くさなかった場合、整理解雇は解雇権の濫用として無効になります。ただし、業績不振の場合、全ての対策を講じていては会社自体が存続できない場合もあるため、全ての対策を講じることまでは求められません。会社の状況に応じて、合理的に取りうる手段を十分に尽くすことが大切です。
3.人選基準及び人選の合理性
整理解雇の人選基準は、会社側の恣意的な判断ではなく、客観的にみて合理的で公平であることが必要です。具体的には、年齢や家族構成、担当業務の内容、勤務成績や態度などを考慮して決定されることになります。
例えば、産休を取得した女性や労働組合員だけを対象とした場合は、男女雇用機会均等法や労働組合法等の違反となり、人員選定に合理性がないとして解雇は無効となります。
4.解雇手続きの相当性
整理解雇をする際は、解雇の対象者、労働組合や労働者代表と十分に話し合い、納得を得るよう努力を尽くすことが必要です。会社側は、整理解雇の必要性や具体的な内容について、従業員や労働組合に対して十分に説明した上で、誠意をもって協議することが求められます。これらの手続きを踏むことなく整理解雇をすることは解雇権の濫用となり、認められません。
整理解雇の人選基準を巡る裁判例
過去に整理解雇の人選基準を巡り争われた裁判例では、以下のような従業員が整理解雇の対象とされた場合、合理性があると判断される傾向にあります。
- 出勤率が年間90%以下の従業員
- 家庭への影響が少なく再就職の可能性が高い独身の従業員
- 高年齢で人件費のコストが高い従業員
一方、以下のような場合は人選基準に合理性がないと判断される傾向にあります。
- 整理解雇の対象を女性に限定した場合
- 勤勉でない等の抽象的な基準による場合
- 会社が解雇を避けるため提示した移籍先への移籍を拒否した少数従業員を整理解雇対象とする場合
実際の裁判例をいくつかご紹介します。
1.整理解雇の人選基準が無効とされたケース
①ジャレコ事件(東京地方裁判所1995年10月20日判決)
急速に経営が悪化した会社で4名の人員削減が行われ、整理解雇の対象になった従業員が、整理解雇の人選基準が合理的ではない等として地位の保全を求めたケースです。
裁判では、整理解雇が能力と勤務態度を人選基準としたことは認められるが、実際の適用に際しては、解雇対象の従業員の能力等が他と比較してどのように劣るのかという具体的な検討の結果が不明なことから、人選の過程が合理的であったとは認められませんでした。また、手続きの面でも、労働組合の団体交渉の拒否、不十分な説明、考慮期間の短さなどが指摘され、本件整理解雇は解雇権の濫用にあたり無効とされました。
②ヴァリグ日本支社事件(東京地方裁判所2001年2月19日判決)
ブラジル企業の日本支社で勤務していた従業員が、「やむを得ない業務上の都合」を理由に解雇されたことは無効として雇用上の地位の確認と賃金の支払いを求めたケースです。
裁判では、「やむを得ない業務上の都合」による解雇は使用者側の都合であり、従業員に重大な不利益をもたらすものであること、早期退職などの代償措置を講じることなく、また高齢になるほど業績が低下する業務ではないのに一定の年齢を解雇基準としたことは整理解雇の人選基準として必ずしも合理的とは認められないとして、解雇は無効とされました。
2.整理解雇の人選基準が合理的と判断されたケース
①山崎技研事件(高知地方裁判所1979年5月31日判決)
整理解雇の対象となった従業員が、人選基準に合理性がないとして従業員としての地位の保全を求めたケースです。
裁判では、従業員を整理解雇するにあたり、長期欠勤者や、技術に劣る者、協調性を欠く者、上司に反抗的な者、家族や生活への影響が小さい者など、会社が制定した13項目の人選基準は合理的であり、実際の選定に際しても整理解雇された従業員は他の複数名の同僚に比べて技術や経験が優れているとは言えず、解雇はやむを得ないと判断されました。
②エヴィレット事件(東京地方裁判所1988年8月4日判決)
海運業界の不況や円高ドル安による経営危機を理由とする整理解雇を無効として整理解雇された従業員が争ったケースです。
裁判では、客観的にみて解雇の高度な必要性があり、会社が設けた45歳以上あるいは再建計画による業務整理後に余剰人員となる者という人選基準は合理性があること、解雇までに会社が労働組合と何度も団体交渉を行い、従業員に対して説明を尽くすなど解雇の手続きも尽くしていることが認められ、解雇権の濫用に当たらないとされました。
整理解雇を実施する際の注意点
実際に整理解雇を実施する際には、どのような点に注意をすべきなのでしょうか。具体的な注意点について説明します。
1.客観的で合理性のある人選基準が必要
複数の従業員の中から一部の従業員を選んで整理解雇する場合、整理解雇の人選基準として、一定の基準を設けることが求められます。
- 整理解雇しても従業員の生活への影響が少ない
- 経営の維持や再建への貢献度が小さい
という観点から、年齢、勤続年数、雇用形態、成績や勤務態度などの評価、家族構成など従業員の生活への影響を考慮して基準を設けます。このような基準を全く設定せずに行った整理解雇は、解雇権の濫用として無効となります。
また、過去の裁判では、人選基準が抽象的で客観性が担保されない可能性がある場合は、評価対象の期間・項目・方法などをより詳しく決めた運用基準に基づいて評価されるべきとされています(池貝鉄工事件・横浜地方裁判所1987年10月15日判決)。
2.特定の部門や支店が廃止される場合の注意点
特定の部門や支店が廃止される場合、その部門や支店に配属されていたという理由のみで整理解雇の人選基準を満たすことにはなりません。経営状況が悪化したために不採算部門や支店を閉鎖する場合、その部門や支店に所属していた従業員は余剰人員となるため、解雇するのはやむを得ないことだろうと思われるかもしれません。しかし、従業員の立場から考えると、部門や支店を閉鎖することは会社側の都合によるものであり、それだけの理由で解雇という重大な不利益を被ることは理不尽だと感じるはずです。
そのため、不採算部門や支店を閉鎖する場合でも、会社はその部門や支店に所属していた従業員の解雇を回避するために最大限努力することが求められます。具体的には、部門や支店を閉鎖する理由を従業員に対して丁寧に説明した上で、配置転換や出向などによって雇用を維持できないか、十分に検討することが大切です。
3.非正規労働者に対する対応
中小企業では、人件費を抑えるために、正規雇用は最小限に抑え、業務に必要な人員をパートやアルバイトなどの非正規雇用で充足しているケースが少なくありません。そのような企業では、正規雇用の従業員を整理解雇する前に、先行して非正規雇用の従業員を整理解雇すべきと考えるのが自然かもしれません。
しかし、非正規雇用であることのみを理由に整理解雇の対象とすべきではありません。過去の裁判でも、非正規雇用の従業員が担当している業務の内容、契約内容、契約更新の回数などから、実質的な正規雇用の従業員との相違を確認した上で判断する必要があるとされています(春風堂事件・東京地方裁判所1967年12月19日判決)。
また、昨今は働き方の多様化により、非正規雇用の労働者が主に家計を支えているケースも増えているので、その従業員を解雇した場合の家族や生活への影響も十分考慮して検討する必要があります。
また、解雇が無効とされた場合、従業員としての地位が復活するため、会社側は解雇以降の賃金や、精神的苦痛に対する損害賠償等の支払いを求められることになります。このような金額の支出は、整理解雇を検討せざるを得ない企業にとって大きな負担となるため、整理解雇に際しては将来的なリスクを回避するための慎重な検討が求められます。
4.手続きに関する注意点
前述した通り、整理解雇を行う際は、従業員や労働組合に説明を尽くし、協議を行うことが必要です。
特に、労働協約で、企業側が人員整理をする際に労働組合と協議することを義務付ける旨を定めている場合、具体的な協議を経ずに行った整理解雇は労働協約違反となります。
労働協約が存在しない場合でも、企業側は、従業員に対して、整理解雇の必要性と、整理解雇を行う時期、規模、方法について説明を行い、納得を得るよう真摯に協議すべきという信義則上の義務を負っているとされています。
整理解雇を行う際の適正な手順については、こちらの記事に具体的に記載しましたので、参考にしていただければと思います。
事前に弁護士に相談するメリット
整理解雇の人選基準等について事前に弁護士に相談することには以下のようなメリットがあります。
- 裁判例を踏まえ、合理的で客観的な整理解雇の基準を制定するためのアドバイスを受けられる
- 実際に対象となる従業員の行動や属性から、基準の適用が合理的か相談できる
- 企業が整理解雇をせざるを得ないことを主張するに足りる根拠について相談できる
- 労働組合や従業員への説明や協議を行う際の適切な手順についてアドバイスを受けられる
- 従業員が整理解雇を不満とした場合の対応を依頼できる
実際に弁護契約を締結すれば、会社の代理人として従業員との対応や交渉等を全て任せることができます。
整理解雇する際の人選基準は、人選基準そのものの合理性と、実際の適用の際の合理性の双方を検討しなければいけません。それらの合理性を欠く場合や、基準自体が設けられていない場合は、違法な整理解雇と判断され、解雇は無効になります。
解雇が無効となり整理解雇の対象とした従業員から損害賠償を請求された場合、従業員の地位は復活し、解雇以降の賃金の支払い義務が発生すると同時に、場合によっては数百万円以上の慰謝料を請求される可能性もあります。
そのような事態を避けるためにも、弁護士のアドバイスを受けながら、慎重に検討することが大切です。
まとめ
今回は、整理解雇が法律上認められるための要件、整理解雇の人選基準を巡る裁判例、整理解雇を実施する際の注意点、事前に弁護士に相談するメリットなどについて解説しました。
整理解雇は、企業が誠意と努力を尽くしても、対象となった従業員との間でトラブルが生じることは珍しくありません。それだけに、人選基準の制定に際しては第三者である法律の専門家のチェックを受けるなどして客観性と合理性を備えておくことはリスク回避の観点からも非常に重要です。
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