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更新日: 投稿日: 弁護士 沼口 格

希望退職募集制度とは?退職勧奨や整理解雇との違いも解説

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新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて業績が悪化したことにより、希望退職の募集を行う企業は増えています。東京商工リサーチの発表によると、2020年に希望退職募集を実施した上場企業は前年の2.6倍の93社に達し、リーマンショック後の2009年に次ぐ規模となったそうです。

なお、2021年は、アパレル、自動車関連、観光関連などを中心にすでに22社で希望退職の募集が行われたことが明らかになっています(1月21日現在)。

希望退職募集は短い期間内に人員整理を行うことにより大幅な人件費削減を実現できる制度ですが、法的なトラブルに発展するリスクもあるため慎重に進める必要があります。

今回は、希望退職募集制度の概要、整理解雇・退職勧奨・早期退職優遇制度との違い、希望退職募集の際に違法性が指摘されるケース、希望退職募集の進め方と注意点などについて解説します。

希望退職募集制度の概要と目的

希望退職募集制度について漠然と知っているけれど詳しい内容はよくわからないという方もいらっしゃるかと思いますので、最初に、希望退職募集制度の概要と目的について説明します。

1.希望退職募集制度とは

希望退職募集制度は、会社側が通常よりも有利な条件で退職できる優遇退職条件を提示して、期間を限定して退職希望者を募り、退職を促す制度のことをいいます。優遇退職条件としては退職金の割増が圧倒的に多いですが、再就職支援サービスや特別休暇の付与等が追加されるケースもあります。
希望退職募集制度による退職は会社と従業員の合意に基づいて行われますが、希望退職募集制度によって退職した場合、原則として自己都合ではなく会社都合による退職として扱われます。

2.希望退職募集制度の目的

希望退職募集は多くの場合、雇用調整(人員削減)を目的として行われます。業績が悪化したため、やむを得ず希望退職募集を実施した企業も多いようです。
一方で、業績堅調な企業が収益力強化に向けた組織再編のために実施する場合もあります。企業体質を強化して収益の高い企業基盤の確立を目的として戦略的に行われるケースも少なくありません。日本経済新聞が2019年に希望・早期退職を実施した上場企業の業績を分析したところ、約6割の企業における直近の通期最終損益は黒字だったそうです。
また、バブル期に大量に新卒の社員を雇用した企業では、年齢構成を是正して組織の若返りを促進することを目的とし、一定の年齢に達した従業員を対象として退職希望者を募集するというケースもあるようです。

希望退職募集のメリット

希望退職募集制度には、どのようなメリットがあるのでしょうか。具体的なメリットについて、説明します。

1.会社と退職者の双方にメリットあり

会社にとっての希望退職募集制度の最大のメリットは、短期間に人件費の大幅削減を実現できることです。固定費の中でも大きな割合を占める人件費を削減することにより、収益性を高めることが可能です。
希望退職募集制度は会社側だけではなく、制度を利用して退職する従業員にとっても大きなメリットがある制度です。通常よりも多い退職金を支給されることに加え、退職後すぐに失業給付金を受給できます。前述した通り、希望退職募集制度により退職した場合は原則として会社都合扱いとなるため、雇用保険の特定受給資格者に分類されます。特定受給資格者は失業給付金受給までの待機期間がなく、受給期間も自己都合の場合と比較して長く設定されています。希望退職募集制度を利用して退職することにより、通常よりも多い退職金と失業給付金を得られるので、すぐに次の仕事に就かずに海外旅行をする、資格取得のための勉強に集中するなど自由に時間を使うことができます。
また、退職を希望する従業員を対象とするため、解雇や退職勧奨などと比べて、法的紛争などのトラブルに発展する可能性が低いというメリットもあります。

2.従業員にとってのメリット

希望退職募集制度は会社側だけではなく、制度を利用して退職する従業員にとっても大きなメリットがある制度です。通常よりも多い退職金を支給されることに加え、退職後すぐに失業給付金を受給できます。前述した通り、希望退職募集制度により退職した場合は原則として会社都合扱いとなるため、雇用保険の特定受給資格者に分類されます。特定受給資格者は失業給付金受給までの待機期間がなく、受給期間も自己都合の場合と比較して長く設定されています。希望退職募集制度を利用して退職することにより、通常よりも多い退職金と失業給付金を得られるので、余暇を楽しむ、資格取得のための勉強に集中するなど自由に時間を使うことができます。また、通常の退職よりは時間的、経済的な余裕もありますので、時間をかけて転職活動を行うことができることもメリットといえるでしょう。

希望退職募集のデメリット

希望退職募集制度は、会社と退職者の双方にとって大きなメリットのある制度ですが、特に会社にとってはデメリットもあります。具体的なデメリットについて説明します。

1.最大のデメリットは優秀な人材の流出

希望退職募集制度のデメリットは、優秀な人材の流出です。特に、年齢や在籍年数等の条件を一切設けずに希望退職者を募集した場合、会社が辞めてほしくない優秀な人材が率先して応募する傾向があります。優秀な人材が離職すれば、当然、業務に支障が生じます。残された従業員の業務量が増え、モチベーションの低下を招く場合もあります。

2.従業員の間で不安が広がる可能性も

また、希望退職募集制度を発表した途端、従業員の間で「うちの会社は財務状況が悪いのでは」などという不安が広がり、退職希望者が続出して経営が不安定になる可能性もあります。

整理解雇・退職勧奨・早期退職優遇制度との違い

希望退職募集制度と、整理解雇、退職勧奨、早期退職優遇制度には、どのような違いがあるのかよくわからないという方もいらっしゃるかと思います。混同されることが多い整理解雇、退職勧奨、早期退職優遇制度との違いについて、説明します。

1.整理解雇との違い

整理解雇は人員整理を目的とした会社側からの一方的な申し出による労働契約の終了で、法律上は懲戒解雇以外の解雇、つまり普通解雇の一種に分類されます。主な目的が人員整理という点は、希望退職募集制度と共通していますが、希望退職募集制度による退職は会社と従業員の合意に基づいて行われるのに対し、整理解雇は会社の一方的な申し出により行われるという大きな違いがあります。

合法的に整理解雇を行うためには以下の4つの要件を満たすことが求められます。

  • 人員整理の必要性
  • 解雇回避努力義務の履行
  • 被解雇者選定の合理性
  • 手続の妥当性

希望退職募集制度は、この4つの要件の一つである解雇回避努力義務の履行という要件を満たすための手続きとして用いることができます。

2.退職勧奨との違い

退職勧奨は会社が特定の従業員に対して退職を促す行為のことで、一般的に「肩たたき」と呼ばれています。退職勧奨に応じるか否かは従業員の自由です。
希望退職募集制度の場合は条件に該当する全従業員を対象として希望退職者を募集しますが、退職勧奨は会社が辞めてほしいと考えている特定の従業員に対してのみ行われるという点で違いがあります。
退職勧奨は、適切な手順に従って行わないと、退職勧奨を受けた従業員から違法な退職強要であるとして損害賠償を請求されるなどのトラブルに発展するリスクがあるため、慎重な対応が求められます。

3.早期退職優遇制度との違い

早期退職優遇制度は定年前の退職を促す制度で、終身雇用を前提として年功序列型賃金を採用している企業で採用されることが多い制度です。人件費削減を目的としている点や退職金の割増等の優遇条件が提示される点など希望退職募集制度と共通点が多い制度ですが、異なる点としては、希望退職募集制度が期間限定で実施される制度であるのに対し、早期退職優遇制度は常時利用可能な制度として運用されることが多い点が挙げられます。

希望退職募集の違法性が指摘されるケース

希望退職募集制度を実施する際は違法性が指摘されるリスクがあるため、慎重に進める必要があります。具体的にどのような場合に違法性が指摘される可能性があるのか説明します。

1.辞めてほしい人に面談を強要するのは違法

希望退職募集制度を実施する際、退職してほしい人を個別に呼び出して、「希望退職制度を利用して退職を検討してほしい」と伝えるケースがあります。この行為は退職勧奨に該当しますが、「退職を検討してほしい」とお願いするだけなら特に違法性はありません。ただし、何度も個別に呼び出して執拗に説得した場合、パワハラ防止法に抵触する恐れがあるため注意が必要です。パワハラ防止法(正式名称:労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)は、大企業では2020年6月、中小企業では2022年4月から施行されます。パワハラ防止法では、パワーハラスメントの定義が明確化され、以下の3つの要素を全て満たす行為はパワーハラスメントに該当するとされています。

  • 優越的な関係を背景とした言動であること
  • 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること
  • 労働者の就業環境が害されるもの

特定の従業員に対して希望退職制度を利用するようお願いする場合は、上記の3つの要件を満たして、パワーハラスメントと認定されることがないよう十分注意しましょう。

2.応募の拒否は違法ではない

希望退職募集制度に応募した従業員に対し、会社側が「この人は会社にとって重要なので辞めてほしくない」と考えた場合に応募を拒否することもありますが、これは違法ではありません。
希望退職の募集は法律上、労働契約の合意解約の「申込みの誘引」と解釈されています。契約は「申込み」と「承諾」によって成立しますが、「申込みの誘引」は契約が成立するための「申込み」の一つ前の段階で、「申込み」を誘うことを意味します。従業員が希望退職募集制度に応募した場合は「申込み」が行われたことになりますが、その「申込み」に対して会社側が「承諾」するか否かは会社側が自由に決められることなのです。

退職金割増の相場と必要性

希望退職募集制度を実施する際、優遇退職条件としては退職金の割増を提示することが通常ですが、退職金割増の相場はどの程度なのでしょうか。また、割増分を支払う余裕がない場合はどのようにすればよいのでしょうか。退職金割増の相場と必要性について説明します。

1.退職金割増の相場

退職金割増の設定方法としては、所定の退職金にプラスして、退職時の基準内賃金の数ヶ月分を特別支給するケースが多いようです。労働政策研究・研修機構が2002年に実施した『事業再構築と雇用に関する調査』によると、退職金の割増額は平均値で15.7ヶ月分、中央値で12ヶ月分だったそうです。
また、所定の退職金の20%~30%程度を特別加算するという方法を取る企業もあります。退職希望者全員に対して一律の割増率を適用する必要はありませんので、対象者の年齢や勤続年数を考慮して個別に適正な割増額を決定してもよいでしょう。

2.退職金割増の必要性

希望退職募集制度に応募する方の動機は、多くの場合、退職金割増などの優遇措置の内容に惹かれたことによるものです。優遇措置の内容に魅力がないと、希望退職募集制度に応募したいという従業員が少なくなり、募集人数に到達しないおそれがあります。そのため、希望退職募集制度を実施する際、ほとんどの企業で退職金割増という条件を提示しています。
ただし、絶対に退職金割増が必要というわけではありません。財務状況が悪化している場合などは、年次有給休暇の買い上げ等、他の優遇措置を検討してもよいでしょう。

希望退職募集の進め方と注意点

希望退職募集を実施する際の流れを知りたいという方もいらっしゃるかと思います。希望退職募集要項の作成から募集終了までの手順を時系列で説明するとともに、各手続きにおける注意点について解説します。

1.希望退職募集要項の作成

希望退職募集を実施するにあたり、最初に行うべきことは希望退職募集要項の作成です。希望退職募集要項には、目的、募集人数、対象者、募集期間、退職金割増等の優遇条件、応募方法を明記します。

①目的

希望退職募集を実施する目的について簡潔に記載します。社員の不安を和らげるためにも、「経営不振のため」などというマイナスな理由だけを述べるのではなく、「経営再建に向けた施策として」、「組織の再編による経営の立て直しのため」等、会社の将来的な発展のために必要な施策として実施することを示す表現を用いるとよいでしょう。

②募集人数

募集人数は、業務分析などにより自社の業務に適正な人員構成を確認した上で余剰人員を算定して決定します。
募集要項には、「約10名」などと目安となる人数を提示してもよいですし、「若干名」と記載してもかまいません。「管理職5名、一般社員10名」等、役職別に記載してもよいでしょう。

③対象者

希望退職募集の対象者を限定する場合、対象となる条件を明記します。一般的には、年齢や勤続年数を条件とする場合が多いでしょう。年齢と職種を限定して、「45歳~59歳までの営業職または事務職」等とするケースもあります。
ただし、「マーケティング部門の課長職以上」などと余りに狭い範囲に限定すると、特定の社員を狙った施策だと疑われる可能性があるので注意が必要です。
全員を対象とする場合は、「従業員全員」とだけ記載します。ただし、会社が残留を望む社員が応募した際に断る可能性がある場合、注意書きとして「会社が経営を維持するために特に必要とする者は除く」などと明記しておきましょう。

④募集期間

希望退職の募集期間については「X月X日~X月X日」と具体的な日程を記載します。期間は2週間~1か月程度とするのが通常です。募集の開始日は、発表日の翌日でもよいですし、発表日から数日経過後でもかまいません。希望退職の応募は従業員にとって重大な決断であり、家族を扶養している従業員は家族と話し合う時間を必要とします。その点を考慮すると、発表後3~5日程度経過してから募集を開始することが望ましいでしょう。また、募集期間満了日前に募集人数に達する可能性があることを想定し、注意書きとして「募集期間満了日前に募集人数に達した場合は、その時点で募集終了となります。」などと記載しておくとよいでしょう。

⑤退職金割増等の優遇条件

退職金割増などの優遇条件は、希望退職に応募するか否かを決定する際の重要なポイントとなります。「退職時の基準内賃金の10ヶ月分」「退職金の20%を特別加算」等、できるかぎり具体的な条件を記載するとよいでしょう。再就職支援サービスや特別休暇の付与等の優遇措置を行う場合はその旨も明記しましょう。

⑥応募方法

応募方法の項目には、応募先と申し出の方法について明記します。希望退職の申請書などのフォーマットを作成し、署名・捺印の上、人事担当部門に提出するという方法が一般的です。

2.全従業員への告知

希望退職募集要項が完成したら、募集開始日に合わせて、全従業員に対して一斉告知します。告知は、全社員に対してメール送信するという方法で行われるケースが多いようです。
説明会を実施するという方法もありますが、告知は全従業員に対して同じタイミングで行うことが望ましいため、複数の拠点がある場合はライブ配信システムを活用する等の工夫が必要です。

3.面談

募集開始後は応募者との個別面談を実施します。面談の場所は会話の内容が外に漏れない会議室や応接室が望ましいでしょう。募集期間中は複数の個別面談を進める必要があるため、社内に十分な部屋数がない場合は社外の会議室を借りるなどの工夫をしましょう。
面接時には、以下の書類を用意するとよいでしょう。

  • 希望退職実施要項
  • 応募者の退職条件計算書
  • 再就職支援会社のパンフレット(優遇条件として再就職支援サービスを提供する場合のみ)

退職条件計算書には、応募者が退職した場合の退職金の金額を計算して明記しておきましょう。また、優遇条件として再就職支援サービスを提供する場合は、予め再就職支援会社のパンフレットを入手して応募者に渡すことで、応募者が再就職について前向きなイメージを持つことにつながります。
自らの意思で応募した従業員だけを面談の対象とするのではなく、会社側が退職してほしいと考える従業員を個別に呼び出して、「希望退職制度を利用して退職することを検討してほしい」と伝えるために個別面談を行う場合は、指名解雇とみなされてトラブルに発展するケースも多いため、慎重に進めることが求められます。威圧的な態度や本人の能力を否定するような発言は一切控えてください。面談では、希望退職制度という機会を利用して転職することは自身の将来的なキャリア形成の上でプラスになる等、本人が希望退職制度を利用した退職を前向きに捉えられるような説明をすることが望ましいでしょう。

4.退職手続きと退職金の支払い

面談の結果、会社と従業員の合意に基づき退職することが決定した従業員については速やかに退職手続きを進めます。雇用保険証書や厚生年金保険手帳の返却、雇用保険被保険者資格喪失届や離職票の作成、業務引き継ぎのスケジュール作成、会社からの貸与品の返却等、通常の退職と同様の手続きを行います。
退職者が重要な役職に就いていた場合や重要な技術情報等を知っている場合、その従業員が退職後に競合他社に転職して自社の重要な企業秘密を漏らすことがないよう、必要に応じて競業避止義務を盛り込んだ誓約書の提出を求めることが望ましいでしょう。ただし、必要以上に重い競業避止義務を課した場合や合意を強要した場合は、公序良俗違反(民法第90条)となるため、注意が必要です。

また、退職後は速やかに約束通りの特別加算金を含めた退職金を支払います。退職金の支払い期日は法律で規定されているわけではありませんが、退職者は支払いを待ち望んでいるので、可能な限り迅速に銀行振り込み等により支払いを行いましょう。

5.募集終了の告知

募集期間が満了したら、全従業員に対して募集終了の告知を行います。募集期間の途中で予定していた人数の退職が決まって募集を打ち切る場合は、その時点で速やかに募集終了を告知しましょう。
募集期間が満了しても予定していた人数に達しない場合は、二次募集または個別の退職勧奨を検討することになります。二次募集を行う際に一次募集よりも良い条件を提示すると、一次募集で退職した元従業員からクレームを受ける可能性もあるため、条件については慎重に検討することが必要です。

まとめ

今回は、希望退職募集制度の概要、退職勧奨・整理解雇との違い、希望退職募集の違法性が指摘されるケース、希望退職募集の進め方と注意点などについて解説しました。

希望退職募集制度を実施する際は、トラブルを回避しつつ目標を達成するために慎重に計画を練ることが大切です。また、業績が悪化した際の経営再建策として希望退職募集を検討する場合は、他の経営再建策についても合わせて検討することをおすすめします。

東京スタートアップ法律事務所では、法務・経営・会計のスペシャリストがノウハウを結集して、様々な企業のニーズに合わせたサポートを提供しております。お電話やZoom等のオンライン会議システムによるご相談も受け付けていますので、希望退職募集制度等の経営再建を目的とした施策に関する相談等がございましたら、お気軽にご連絡いただければと思います。

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執筆者 弁護士沼口 格 第二東京弁護士会
大学卒業後、特別養護老人ホームにて非常勤・一般職員として勤務した後、司法試験を志し法科大学院に入学し司法試験合格後弁護士となりました。 弁護士登録以降は債務整理、離婚、相続、成年後見、交通事故、残業代請求、建物明渡、賃料増減額請求、債権回収、刑事事件等個人のお客様から法人のお客様まで幅広い案件を取り扱ってまいりました。