事業譲渡で必要な従業員の転籍同意書|作成時の注意点やひな型を解説
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事業譲渡の対象には、工場や店舗といった固有資産、人材やノウハウといった無形資産、在庫や売掛金といった流動資産も含まれます。なかでも、事業譲渡で従業員の転籍を伴う場合、従業員の対応方法に苦慮される経営者・経営陣の方々は少なくありません。
平成28年に、事業譲渡における労働者保護の指針が策定され(「事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針」)、従業員に不利益になる事業譲渡を理由とした整理解雇等が禁止されるなどの対応が取られました。この点も踏まえ、転籍させる場合の転籍同意書の作成は、しっかりと労働条件を検討し、従業員の同意を得て、後日のトラブルを避ける必要があります。
今回は、事業譲渡に伴う転籍の際の転籍同意書の作成方法や注意点について解説します。
事業譲渡した場合の従業員の処遇方法
事業譲渡をしても、従業員と個別に結んでいる労働契約までもが自動的に譲渡されるわけではありません。事業譲渡に際して譲渡先で働けるか、その場合に従業員がどのような処遇を受けるかは、譲渡先の会社との合意や、一部は従業員自身が決めることができます。どのような選択肢があるかを説明します。
1.譲渡先に転籍して働く
事業譲渡した会社に勤務していた従業員は、事業継承先の会社に転籍して働き続けることがあります。この場合、雇用契約のやり直し、または再雇用のいずれかの方法をとることになります。
雇用契約のやり直しの場合、従業員は、事業譲渡会社と締結していた雇用契約を解約して、承継先の会社で新たに雇用契約を締結します。再雇用の場合、従業員が事業譲渡会社を退職し、継承先の会社で採用されることになります。ただし、承継先の会社には、採用の自由があるため、従業員が必ず採用されるとは限りません。
いずれの場合も、前提として、事業譲渡した会社と承継先の会社の間で、従業員の転籍による承継について合意していること、従業員もそれを認めていることが必要です。会社間では従業員の転籍の合意ができているけれど、従業員がこれを拒否している場合には、勝手に転籍させることはできません。
2.元の会社で継続して働く
事業譲渡をしても、譲渡会社が消滅するわけではありません。従業員が希望した場合は、元の会社で継続して働くという選択肢もあります。
ただし、譲渡会社は事業譲渡をする際、規模の縮小、不採算部門の整理等を行うことも多いです。従業員が元々所属していた部署の閉鎖や人員調整の必要性に応じて、配置換えを行う等の工夫はできますが、給与や待遇に差が生じる場合は、従業員の不満につながる可能性もあります。継続勤務を認める場合、待遇に関する十分な説明を行い、話し合いによってあらかじめ合意を得ておくことが大切です。
3.退職する
事業譲渡をきっかけに退職を選択する従業員も少なくありません。
通常は自主退職の扱いになりますが、事業譲渡会社と承継会社での勤務内容の格差や、転籍の条件などから、自主退職にみえても、実質的な解雇と同視されるおそれがあるため注意が必要です。
解雇と判断された場合、30日以上前の解雇予告、または解雇予告手当の支払いが必要になり、これらは譲渡会社が行う必要があります。譲渡会社にとって、大きな負担となるケースもあるので、従業員が退職を希望する場合には、その意思の確認や手続は慎重に行いましょう。
事業譲渡で転籍する場合に必要な手続
事業譲渡では、有形・無形を問わず、さまざまな資産が移転します。事業譲渡に伴い、人材も動く場合は、将来的なトラブルを避けるためにも適切な手順を踏むことが大切です。具体的な手続の手順について説明します。
1.事業譲渡の取引先との同意
譲渡会社で働いている従業員の労働契約は、従業員の同意がない限り、承継会社に勝手に引き継ぐことはできません。そのため、従業員を承継会社に転籍させる場合は、雇用について事業譲渡会社と承継会社の間で、従業員の処遇について検討し、事業譲渡契約書に条件を明記しておくことが大切です。
事業譲渡の場合、事業譲渡会社と従業員の労働契約を解除して、再度労働契約を成立させるのが通常です。労働契約を解除する際は、以下の3つの方法のいずれかを選択することになります。
- 労働者の退職
- 譲渡会社による解雇
- 労働者と譲渡会社の合意退職
退職する場合は自主退職扱いとなりますが、解雇する場合は会社都合となります。退職理由に齟齬があると将来トラブルに発展する可能性があるので、従業員と十分に話し合い、合意しておくことが大切です。
また、譲渡会社と承継先会社で労働契約の承継を合意することも可能です。この場合、その旨を事業譲渡契約書の中に明記しておくことが重要です。また、その際に承継対象について、労働者の全部または一部と決めることができますが、特定の労働組合員を排除する目的がある場合や、労働条件の低下に応じない労働者を排除する場合は、合意が無効とされる可能性があるという点には注意して下さい。
2.転籍する従業員との同意
転籍とは、在籍していた会社との労働契約を終了し、別の会社と労働契約を締結して籍を移すことです。在籍する会社に籍を置いたまま、別の会社にも籍を置いて働く類型である出向と異なり、転籍の場合は、転籍元会社との労働契約が完全に終了し、社員としての身分を失うという特徴があります。それだけ大きな影響を伴うものなので、従業員個人の同意が必要となります。
事業の譲渡に伴い、労働契約が譲渡されることによる転籍の場合、次の3点に注意が必要です。
①雇用契約の締結
事業譲渡で転籍する場合、事業譲渡日に従業員が譲渡会社を退職し、承継先会社に再雇用転籍されるという扱いになります。そのため、それまでに従業員の労働条件について話し合い、決めておくことが必要です。特に、譲渡会社と承継会社の勤務条件(給与、労働時間、休暇、残業等)の違いについては、従業員の関心も高く、条件によっては転籍の同意が得られない可能性もあります。
②給与と退職金の決め方
事業譲渡に伴い転籍する場合、従前の給与が引き継がれるケースが多いです。しかし、条件次第で給与が下がる場合は、事業譲渡の核となる事業を担う従業員の退職につながることもあるため、事前に企業間で検討しておきましょう。
また、転籍後に従業員が退職する場合、退職金の支払いは承継先会社が払うのが通常です。
事業譲渡による転籍の場合は、承継先会社を退職する際に、譲渡会社と承継先会社の勤続年数を合算した上で、承継先会社の退職金規定に基づいて支払われることが多いです。従業員の同意をスムーズに得るためには、退職金の支払いについても事前に話しあっておきましょう。
③有給休暇の取り扱い
有休の日数が転籍会社で引き継がれるかは、従業員の関心が高い点です。会社間の合意や雇用契約によっては、有休が引き継げるケースもありますが、転籍により有休が減る、リセットされるケースも少なくありません。そのような場合、従業員から転籍前に有給休暇をまとめて消化したいという希望が出る可能性もあります。転籍者が一斉に有休を取得することで事業に支障が出る場合は、会社は有休の時季変更権を行使して、有休消化を制限することが可能です。
また、業務の都合等により有休を消化できない従業員から有給休暇の買い取りを請求される可能性もあります。この場合、転籍者の有給を特例として買い取ることを検討してもよいでしょう。
事業譲渡に伴う転籍同意書への記入例とひな型
民法には、使用者は労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができないと定められています(同法第625条)。つまり、従業員が転籍する際は従業員の同意が必要となります。そこで、転籍する従業員との間で転籍同意書を作成する必要があります。ここでは、ひな型をもとに記入例を紹介します。
転籍同意書
株式会社●●●● 代表取締役●●●●殿 私は、貴社の●●年●●月●●日付転籍辞令による、以下の転籍命令に異議なく同意し、※※年※※月※※日を持って貴社を退職いたします。
所属 ▼▼部▼▼課 氏名▼▼▼▼ 印 |
インターネット上には、様々な転籍同意書のフォーマットが公開されています。「転籍辞令に基づいて貴社を退社することに同意する」とだけ記載されているもの、転籍先での詳細な勤務条件まで書かれているものなど、さまざまです。
実際の労働条件については、承継先の雇用契約書に従って決めることになりますが、事業譲渡元会社との関係でも、転籍の内容を明確にしておくために、ある程度記載しておく方がトラブル回避に役立つ場合もあります。インターネット上で見つけたフォーマットをそのまま利用するのではなく、自社の事業譲渡や転籍の条件を踏まえ、弁護士などの専門家に相談しながら内容を精査することをおすすめします。
転籍同意書の記載事項と注意点
事業譲渡で従業員が転籍する際には、以下の点を検討し、従業員に事前に説明することが望ましいです。また、転籍同意書にも可能な限り明記するとよいでしょう。
①賃金・手当・賞与・退職金
- 毎月の賃金の支給基準や昇給基準
- 手当の有無と支給基準
- 賞与の有無と支給基準
- 退職金の有無とある場合の精算方法、支給基準
②労働時間・休日
- 1日及び1年の所定労働時間
- 1年間の所定休日数
③有給休暇
- 有給休暇の付与基準
- 未取得の有給休暇の承継、勤務年数の通算方法
- 休職制度の有無や付与基準
④福利厚生
- 福利厚生制度や施設の有無
- 慶弔金制度等の有無と付与基準
⑤就業規則等
- 正社員及び非正規社員の就業規則
- 育児介護休暇制度
- 再雇用制度
- 労働協約や労使協定の有無
⑥年金等
- 厚生年金基金や健康保険組合について
事業譲渡による転籍同意書の作成等を弁護士に依頼するメリット
上記のフォーマットで見ていただいたように、転籍同意書は比較的シンプルです。しかし、事業譲渡では、転籍同意書を作成するまでの過程が非常に重要です。事業譲渡元の会社と承継先の会社との間の同意、従業員の労働条件の調整、説明と同意の取付けなど、やるべきことは多く存在します。また、従業員にとっては、現職の身分を失うという大きな影響があるためトラブルになりやすいうえに、労働条件の変更内容によっては、従業員の同意が得られず貴重な人材が流出する、後日労使トラブルに発展するなど、事業譲渡の成果自体にも影響しかねません。
事業譲渡で従業員の転籍を伴う場合は、弁護士に事前に相談、依頼することをおすすめします。弁護士に相談することで、以下のようなメリットが期待できます。
- 会社間の同意を円滑に進めることができる
- 従業員の同意を得やすい労働条件を整備することができる
- 従業員が事業譲渡会社を離職する際の手続きを退職・解雇いずれにする場合でも、トラブルを回避する方法をとることができる
- 転籍同意を得るための説得を任せることができる
- 離職前の有給休暇の一斉消化などによる事業への影響を防ぐことができる
- 有給の買い取りや退職金の支払いなど、将来的に負担を被るリスクを回避できる
まとめ
今回は、事業譲渡で従業員が転籍する場合の同意書の作成や注意点について解説しました。
事業譲渡による転籍は、従業員にとって環境や生活の変化が大きいため、トラブルに発展するリスクがあります。条件の整備や同意の取り付けなど、企業法務の専門家である弁護士にあらかじめ相談しておくことで、リスクを最小限に抑えることが可能となります。
東京スタートアップ法律事務所では、豊富な企業法務の経験に基づいて、各企業の状況に応じた事業譲渡に伴う転籍同意書の作成に関するご相談に対応しております。また、転籍同意書の作成だけでなく、事業譲渡のご相談や、相手方会社との交渉、従業員との個別対応など、全面的なサポートが可能です。事業譲渡に伴う転籍をはじめとする相談等がございましたら、お気軽にご連絡をいただければと思います。