在籍型出向契約書のひな型|必要な項目と契約時の注意点を解説
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コロナウイルス感染拡大の影響により景気の低迷が長引く中、従業員の雇用を維持するために、在籍型の出向制度を利用する会社が増えています。在籍型出向契約は、従業員にとっても、自身が持つ可能性やスキルの幅を広げる良い機会ですが、労務管理が複雑になるなどの問題点もあります。トラブルを防ぐためには、出向元、出向先、従業員の三者間で、事前に必要な取り決めを行い、契約書を作成することが大切です。
今回は、在籍型出向を行う際に必要な出向契約書の記載事項や作成時の注意点などについて出向契約書のひな型を提示しながら解説します。
【解説動画】TSL代表弁護士、中川が在籍型出向契約書の注意点について解説
在籍型出向契約とは
出向とは、従業員が出向元企業と一定の関係を維持しながら、出向先企業と新しく雇用契約関係を締結して、一定の期間勤務することをいいます。このうち、在籍型出向契約とは、出向元企業と出向先企業が出向契約を結び、その出向契約に基づいて、出向元企業の従業員が出向先企業とも契約することをいいます。つまり、従業員は、出向元企業と出向先企業の両方と雇用契約を結んでいる状態になります。
類似契約との違い
1.兼務契約との違い
兼務契約とは、一般的に、出向元企業で勤務しながら、出向先企業でも勤務する契約のことをいいます。出向元企業と出向先企業の両方で雇用契約を締結する点は在籍型出向と共通していますが、在籍出向は原則として出向元企業の業務を行わないのに対し、兼務出向は出向元企業の業務も行う点が異なります。
兼務出向先の会社は、原則として出向元会社の子会社や関連会社になります。別会社の場合は、派遣契約の締結が必要となる可能性が高いので注意が必要です。
2.転籍出向契約との違い
転籍出向契約とは、出向元企業を一旦退職し、出向先企業に就職して雇用契約を結ぶことをいいます。転籍型出向の場合、従業員は出向元企業との雇用契約を解消するため、出向先企業との間にのみ雇用契約が存在するという点が在籍型出向と異なります。
在籍型出向契約締結の手順
在籍型出向契約では、出向元企業と出向先企業の双方と雇用関係があるため、どちらの企業も準備をする必要があります。具体的な手続の手順について説明します。
1.出向元企業の準備
出向元企業が最初に行うべきことは、就業規則の確認です。出向規定が定められているか確認し、定められていない場合は、出向規定を設ける必要があります。具体的には、出向の目的、出向期間の上限、出向中の出向元企業内での扱い、復職などに関する規定を定めます。
就業規則の整備をした上で、出向元企業と従業員との間で、個別の同意を得るような話合いを進めて下さい。
2.出向元企業と出向先企業の出向契約締結
在籍型出向を行う際は、出向元企業と出向先企業が出向契約を締結します。出向契約には、出向期間、出向形態、出向する従業員が担当する業務、労働条件、給与の支払いなどについて規定します。
3.従業員の労働条件等の明確化
出向する従業員の出向先企業での担当業務や労働条件等については、実際に勤務する場所である出向先企業が明示するのが通常です。その上で、出向元企業、出向先企業、従業員の三者間の話し合いにより、最終的に決定されます。
在籍型出向契約を締結する際の注意点
在籍型出向契約では、出向元企業と出向先企業の両方で雇用契約を締結するため、指揮命令関係や給料の支払い等でトラブルが生じる可能性があります。そのため、起こり得るトラブルを想定した上で、契約書を作成することが重要です。
1.事前に決めておくべき労働条件14項目
在籍型出向契約では、出向元・出向先・従業員の三者の取り決めに応じて、出向元・出向先企業それぞれが、従業員に対して使用者としての責任を負います。労働条件については以下の14の項目を明確にしておくことが大切です。
- 労働契約の期間
- 有期契約の場合の更新の基準
- 就業場所、業務内容
- 就業時間、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間
- 賃金の決定、計算、支払方法、賃金の締め切りと支払時期、昇給
- 退職に関すること(解雇事由を含む)
- 退職手当に関する事項
- 臨時に支払われる賞与などの事項
- 従業員に負担させる食費や作業用品など
- 安全衛生
- 職業訓練
- 災害補償、業務外の疾病保障
- 表彰、制裁
- 休職に関する事項
なお、上記の①~⑥の項目のうち、昇給に関することを除いては、書面を交付して明示するのが原則です。⑦~⑭の項目は、会社側がこれらを定めた場合には、書面の交付は義務ではありませんが、従業員に対して明示する必要があります。
2.特にトラブルが生じやすい項目
出向する従業員の給与や保険の取り扱いは、出向元と出向先が結ぶ出向契約によって異なります。トラブルが生じやすい項目なので、慎重に検討した上で明確に決める必要があります。
①給料と社会保険の支払い方法
出向する従業員の給与は、出向元企業と出向先企業が話し合って決定します。給与の支払い方法には、以下の2種類があります。
- 直接支給:出向先が従業員に直接支払う方法
- 間接支給:出向元が従業員に支払い、出向先が出向元に給与相当額の負担金を支払う方法
上記の支払い方法によって、社会保険料を出向元と出向先のどちらが負担するか異なるため注意が必要です。具体的には以下の通りとなります。
・雇用保険
直接支給の場合は出向先が払いますが、間接支給の場合は、給料の支払額が多い方の企業が負担します。
・労災保険
従業員が出向先企業の指揮監督下で働く場合は、出向先企業が負担します。
・厚生年金、健康保険
直接支給の場合は出向先、間接支給の場合は出向元が負担します。ただし、厚生年金と健康保険については、従業員は双方の企業の被保険者となることができます。従業員がどちらかを主たる事業所として選択して届け出を提出します。
②残業代、賞与、退職金の支払い
残業代、賞与、退職金は、出向元の規定によって計算して支給されます。出向する従業員の労働契約の大元は出向元との契約にあり、出向期間も出向元の勤務年数に含めて計算されるからです。
ただし、従業員の勤務は出向先で行われるので、残業代を計算するためには、出向先が出向元に残業時間を報告するなどの対応が必要です。また、賞与に関しては、出向元の基準で出向先が支払うのは困難な場合もあり、一部出向元が負担するケースもあります。これらの条件も、企業間で事前に話し合い、出向契約に明記することが大切です。
③人事評価
出向する従業員の人事評価は、実際に勤務する出向先の評価方法で行われることが一般的です。しかし、上述のように、給与や賞与は出向元の基準で決められることが多いので、齟齬が生じないように、人事評価に関する情報を企業間で共有することが大切です。
3.違法な在籍型出向にならないための注意点
在籍型出向は、従業員にとっても技術力の向上や人脈の拡大などのメリットがあります。一方で、就業規則などによって会社が従業員に出向を命じる権利があるとされる場合には、原則として従業員は出向命令を拒否できません。そこで、出向命令が違法と判断されないよう注意する必要があります。
①権利の濫用に該当する出向でないこと
会社の就業規則や雇用契約等に出向の規定があり、会社が従業員への出向権限を持っている場合、従業員は出向命令を拒否できないのが原則です。しかし、会社の命令が権利の濫用にあたる場合は、従業員は出向命令を拒否することが可能です。権利の濫用にあたるかどうかは、出向の必要性、出向の相当性、出向目的の正当性等によって判断されます。例えば、出向従業員の給与を下げることを目的として不要な出向を命じた場合、権利の濫用に該当すると判断される可能性が高いです。
②労働者供給事業に該当しないこと
出向は、契約に基づいて、従業員を他人の指揮命令下で働かせる労働者供給(職業安定法第4条第6項)に該当します。労働者供給を「業として」行うことは、同法第44条によって禁止されています。在籍型出向の場合、厚労省が示す以下の4つの目的があれば、基本的に「業として」行うものではないと判断されます。
- 従業員を離職させず関係会社での雇用機会を確保する目的がある
- 経営指導、技術指導を実施する目的がある
- 職業能力開発の一環として行う目的がある
- 企業グループ内の人事交流の一環として行う目的がある
③偽装出向にあたらないこと
上記の目的から外れ、契約上は出向でも、実態が従業員供給事業であるような場合は職業安定法第44条に違反した「偽装出向」に該当します。また、同種の行為は、労働基準法第6条の「中間搾取の禁止」にも違反する可能性があります。出向の際は、上記の4つの目的に該当するか、個別に精査し、契約書にも盛り込むことが重要です。
在籍型出向契約書のひな型と記載事項
従業員を在籍出向させる際は、出向元と出向先、出向元と従業員、出向先と従業員の間で、それぞれ書類を作成する必要があります。前述した注意点を反映させ、後日トラブルにならないように契約書を作成することが大切です。
1.出向元・出向先の会社間で必要な契約書類
出向元と出向先との間では「出向契約書」を作成し、その細則を「覚書」として作成するケースが多いです。
①出向契約書のひな型
出向元と出向先の間で結ぶ出向契約書には、出向元と出向先企業、出向する従業員の情報、出向期間、出向期間中の従業員の出向元での待遇、服務規律、給与・賞与・社会保険の取り決め、交通費などの福利厚生、その他協議事項等について記載します。
出向契約書
出向元●●●●(以下「甲」という。)と出向先▼▼▼▼(以下「乙」という。)は、次のとおり出向契約(以下「本契約」という。)を締結する。 第1条(当事者)
本契約における当事者は以下の通りとする。 甲:●●●●株式会社(●●県●●市●●丁目●番●号) 乙:▼▼▼▼株式会社(▼▼県▼▼市▼▼丁目▼番▼号) 甲から乙に出向させる出向者(以下「丙」という。)××××(××××年×月×日甲入社) 第2条(服務) 1 出向期間中、乙は、丙が甲の従業員としての地位を有したまま乙に出向し、乙の指揮監督下において、本契約に定める業務の遂行にあたることを確認する。 2 乙における丙の担当業務及び勤務地は下記の通りとする。 ●●●●(▼▼県▼▼市▼▼丁目▼番▼号) 3 乙は丙の勤務状態を記録し、当月実績を翌月●日までに甲に対して所定の方式で報告する。 第3条(出向期間) 1 出向期間は以下の通りとする。 開始日 ●●●●年●●月●●日 終了日 ●●●●年●●月●●日 2 前項に関わらず、出向期間は甲乙協議の上変更できることができるものとする。 第4条(給与・賞与) 出向期間中の丙に対する給与及び賞与は、甲の給与規定に基づき甲が丙に支給する。 第5条(社会保険) 丙に係る健康保険、厚生年金保険、介護保険及び雇用保険は甲にて資格を継続する。 第6条(労災保険) 労働災害者保険は乙の負担において加入する。但し、労災保険の基礎は甲が丙に支給する金額とする。 第7条(諸手当) 1 時間外勤務手当および休日勤務手当については、甲の基準に基づいて甲が支払う。 2 丙の出向期間中の出張旅費、交通費及び通勤費は、乙の規定に基づき乙が支給する。 第8条(勤務条件) 1 丙の労働時間・休憩時間および休日は、乙の就業規則の定めるところによる。 2 丙の年次有給休暇は、甲の定めるところによる。 3 乙は、業務上必要なときは1か月●●時間を上限として丙に対して時間外労働を命令できる。これを超える場合はあらかじめ甲に申し出て許可を受けなければならない。 第9条(二重出向の禁止) 乙は、丙を乙の関連会社等へ二重出向させてはならない。 第10条(服務規律)
丙には乙の就業規則に基づく服務規律が適用される。但し、乙の規則により丙に賞罰を行う必要が生じた場合は、両者間にて事前に協議するものとする。 第11条(出向料) 1 出向料は1か月あたり●●●●●円とする(1か月未満の場合は日割計算とする)。 2 本出向料と第4条規定の甲の支給する給与・賞与及び第5条の社会保険料負担額の差額は甲が負担する。 3 乙は甲に対し当月出向料を当月末までに甲の指定する銀行口座に振り込む。 第12条(職務著作・発明の取り扱い) 丙の出向期間中の行為は乙が一切の責任を負い、丙が創作・開発した著作物または発明は、乙の職務発明・職務著作規程に従いその権利の帰属を決定し処理するものとする。 第13条(秘密保持) 甲、乙及び丙は、本契約中はもとより終了後も本契約に基づいて開示された情報を守秘し第三者に開示してはならない。 第14条(協議事項) 本契約の定めなき事項について疑義が生じたときは、甲乙協議の上解決にあたる。 第15条(合意管轄) 本契約に関する紛争については、甲の居住地の裁判所を第一審の管轄裁判所とする。 本契約締結の証として本書を2通作成し、甲乙記名押印の上、各1通を保有する。 ●●●●年●月●日
甲 ●●●●株式会社(●●県●●市●●丁目●番●号)印 乙 ▼▼▼▼株式会社(▼▼県▼▼市▼▼丁目▼番▼号)印 |
②覚書に書くべき内容
覚書には、上記の出向契約書の条項に関する詳細を記します。具体的には、出向従業員の給与や時間外労働時の残業手当、諸費用が発生した場合の負担や支払方法、出向元・出向先の担当者などです。
2.出向元企業と出向従業員との間で必要な契約書類
出向従業員が元々在籍している出向元企業は、今回の出向命令が正しく行われ、従業員との間で同意したことを示すために「出向辞令」と「出向通知書兼同意書」を作成します。
①在籍型出向契約書(出向辞令)のひな型
出向辞令は、出向先と出向期間を明確に示すことが重要です。
●●●●年●月●日
●●●●殿
●●●●株式会社
代表取締役〇〇〇〇
出向辞令
●●●●年●月●日付出向契約書に基づき、貴殿に▼▼▼▼株式会社への出向を命ずる。
期間:●●●●年●●月●●日~●●●●年●●月●●日 なお、詳細の業務内容、勤務地、その他勤務条件については、出向契約書の通りとする。 以上
|
②出向通知書兼同意書に書くべき内容
出向通知書には出向先での労働条件を記載します。最後に、上記内容に同意した旨を記し、出向従業員の署名押印を得るようにしましょう。
●●●●年●月●日
●●●●殿
●●●●株式会社
代表取締役〇〇〇〇
出向通知書
●●●●年●月●日付出向契約書に基づく、▼▼▼▼株式会社における労働条件は以下の通りです。
以上、理解して同意します。
従業員●●●●印
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3.出向先会社が用意すべき2つの書類
出向従業員が勤務することになる出向先会社でも、賃金と労働条件に関する書類を作成して交付する必要があります。
①賃金規定書類
賃金規定とは、給与の支払いに関する取り決めを記した書面です。賃金規定書類は、常時10人以上の労働者を使用する企業では作成と労働基準監督署への届け出が義務付けられているので、在籍型出向契約を利用する企業では、既に整備されている企業も多いかもしれません。
在籍型出向では、出向先と出向元の給与基準が異なるケースが多いので、差額分の負担をどうするか等について決めておくことが重要です。
②労働条件通知書
労働条件通知書は、雇用契約を締結する際に、会社が従業員に交付する書面のことで、雇用期間、就業場所、業務内容、給与・賞与などの労働条件について記載します。労働条件通知書の交付は、労働基準法第15条1項で義務付けられており、出向従業員に対しても同様です。出向従業員が勤務する出向先が交付するケースが多いですが、出向元が代わりに交付しても問題ありません。
まとめ
今回は、在籍型出向を行う際に必要な出向契約書の記載事項や作成時の注意点などについて解説しました。
在籍型出向契約を締結する際は、出向元と出向先の負担割合や責任の所在を明確に決めた上で、契約内容を精査することが大切です。給与や昇給等について不安を持つ従業員が多いので、説明を尽くして同意を得ることも不可欠です。契約の内容に不安がある場合や従業員との間でトラブルが生じるおそれがある場合は、企業法務に精通した弁護士に相談することをおすすめします。
東京スタートアップ法律事務所では、豊富な企業法務の経験に基づいて、各企業の状況や方針に合う在籍型出向契約書の作成に関するご相談に対応しております。また、契約書の作成だけでなく、出向先・出向元企業の合意の形成や個別の出向従業員の同意の取り付け、トラブルが発生した場合の対応など、全面的なサポートが可能です。在籍型出向契約書の作成をはじめとする相談等がございましたら、お気軽にご連絡いただければと思います。
- 得意分野
- ベンチャー・スタートアップ法務、一般民事・刑事事件
- プロフィール
- 京都府出身
同志社大学法学部法律学科 卒業
同大学大学院 修了
北河内総合法律事務所 入所
弁護士法人アディーレ法律事務所 入所
東京スタートアップ法律事務所 開設