人事・労務CATEGORY
人事・労務
更新日: 投稿日: 弁護士 後藤 亜由夢

転籍出向(移籍出向)契約とは|在籍出向との違いや注意点を解説

東京スタートアップ法律事務所は
全国14拠点!安心の全国対応

昨今、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、業績が悪化する企業が急増しています。業績安定化の一環として、特定の部門を独立させて別会社を設立する会社も少なくありません。そのような状況でニーズが高まっているのが、転籍出向(移籍出向)です。転籍出向は在籍出向とは違い、実質的に同じ会社であっても、従業員の個別的同意が必要となる点に注意が必要です。

今回は、転籍出向契約の概要や類似契約との違い、転籍出向時に必要な書類、転籍出向契約書のひな形と記載事項、転籍出向(移籍出向)転籍出向を行う際の注意点などについて解説します。

転籍出向契約(移籍出向契約)とは

まず、転籍出向契約がどのような契約か、類似の契約と比較して説明します。

1.転籍出向契約とは

転籍出向契約とは、従業員が、出向元会社との雇用契約を解消し、出向先会社との間で新しく雇用契約を結ぶことをいいます。法律的には、以下の2つの考え方があります。

  • 出向元会社と従業員の契約を解約して新たに出向先会社との契約を成立させる
  • 出向元会社と従業員の間の労働契約上の地位を出向先に譲渡する

いずれも大差はなく、出向する従業員にとっては、出向元の会社との雇用契約が終了するため、原則として出向する従業員の同意が必要です。
なお、新しく雇用契約を締結する形態を単に「転籍」といい、出向元会社との雇用契約を継続する形態を単に「出向」という場合もありますが、ここでは前者を転籍出向、後者を在籍出向と呼んでいきます。

2.在籍出向との違い

在籍出向は、出向する従業員が出向元会社との雇用契約を継続し、従業員としての地位を残したまま、出向先企業に出向して働くことをいいます。所説ありますが、出向元会社と出向先会社は、その従業員について出向契約という契約を結び、従業員は両方の会社と契約を結ぶことになります。
転籍出向は、従業員が出向元会社を一旦退職して、出向先会社と新たに雇用契約を締結するという点で在籍出向と異なります。また、在籍出向の場合は、会社の就業規則や雇用契約等に会社の出向命令権の根拠となる規定がある場合は、原則して包括的な同意があると判断されますが、転籍出向の場合は本人の個別的な同意が必要であるという点が大きな違いです。

3.労働者派遣契約との違い

労働者派遣契約は、派遣元会社と派遣先会社の間で結ばれる契約で、派遣元企業で雇用する従業員と雇用関係を結んだまま、派遣先企業の指揮命令下で労働に従事させる契約のことをいいます。
労働者派遣契約は出向と似ているようで、実は全く別の契約です。派遣元会社と雇用契約を結んでいる派遣従業員は、労働者派遣契約に基づいて派遣先で働きます。派遣元と派遣先の労働者派遣契約を中途解約しても、派遣元と派遣従業員の雇用契約に影響しないのが特徴です。また、労働者派遣契約で従業員を派遣できるのは、労働者派遣事業の許可を得た会社のみである点も出向と異なります。

転籍出向時に必要な3つの書類

転籍出向では、出向する従業員にとっては、出向元の会社を退職することになります。そのため、転籍出向では、従業員が出向の内容について個別的に同意することが求められ、同意を明らかにするためには書面での同意を取ることが望ましいです。以下では例示として、3つの書類を挙げます。

1.転籍出向契約書

転籍出向契約書は、出向元会社、出向先会社、出向従業員の三者で、出向契約の条件について合意した内容を記載した書面のことです。当事者名、出向元の退職日と出向先への入社日、勤務年数のカウントや給与、退職金などの労働条件、トラブルが発生した場合の解決方法などを記載します。末尾に、出向元会社、出向先会社、出向従業員が署名押印して各自保存するのが一般的な運用です。

2.転籍出向辞令

転籍出向辞令は、出向元会社が、出向従業員に対して交付する書面で、その従業員を出向させる旨を記載します。「就業規則●条により出向させる」等の出向を命じる根拠を記載することが重要です。

3.転籍合意書

転籍合意書は、転籍について従業員が合意した内容を示す書面のことをいいます。
転籍出向の場合、従業員への影響が大きいため、出向従業員の同意は不可欠です。この、従業員の同意は、「今後どこかの企業に出向する」等という包括的な合意ではなく、「●月●日付で●●に出向する」という個別的な同意がと解されています。
例外的に、就業規則等に転籍を命じる旨の規定があり、従業員もその点を具体的に理解していること、転籍出向になっても労働条件が不利にならず、実質的には社内の異動と同視できるという条件を満たす場合は、包括的同意によって転籍させても酷ではなく、個別的同意は不要という判決もあります(千葉地方裁判所昭和56年5月25日判決)。もっとも、当該裁判例はあくまで特殊な事例による場合であり、実務的には転籍出向の場合は従業員の個別的な合意が必要である、と理解するのが妥当です。

転籍出向契約書のひな形と記載事項

転籍出向の場合、従業員は出向元会社との雇用契約を終了させ、出向先会社と新しく契約を結ぶため、就業規則や従業員への指揮命令権は出向先企業にあります。そのため、出向契約書には、出向元・出向先・従業員の間で、地位の変化や出向先での待遇について記載することが大切です。

1.厚生労働省が公開している出向契約書に関する注意点

厚生労働省は、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けた企業が従業員の雇用継続を図る目的で在籍出向制度を活用することを推奨しています。厚生労働省の公式サイトには、出向契約書の参考例も公開されていますが、転籍出向ではなく、在籍出向を想定した契約書なので注意が必要です。
これまで述べてきたとおり、転籍出向は、在籍出向と異なり、出向元会社を退職することになるため、従業員の地位の変化、指揮命令権の所在、退職金の扱いについても明記する必要があります。

2.転籍出向契約書のひな型

転籍出向契約書に記載する内容は、契約内容によって異なりますが、参考までにひな型をご紹介しますので、参考にしていただければと思います。

転籍出向契約書
株式会社●●(以下「甲」とする)と、株式会社▼▼(以下「乙」とする)および甲の従業員××(以下「丙」とする)の三者は、丙の転籍に関し次のとおり締結する。
(転籍合意)
第1条 甲および乙は、丙が乙に転籍することに合意し、丙は、乙への転籍を承諾する。
(効力発生)
第2条 丙は、●●●●年●月●日をもって、甲から乙へ転籍する。
2 転籍に際して、丙は甲を退職し、新たに乙と雇用契約を締結する。
(丙に対する指揮命令権の帰属)
第3条 転籍後は、丙に対する指揮・命令権は、すべて乙に帰属する。
(退職金)
第4条 丙の乙への転籍に際して、甲は、甲の退職金規程に基づき丙に退職金を支払う。
(転籍後の労働条件)
第5条 転籍後の賃金・労働時間などの労働条件は、乙の就業規則そのほか諸規程を適用し、丙はこれに服することを承諾する。
2 乙は、乙の責任において丙に労働条件を提示し、丙と雇用契約書を締結する。
3 甲における丙の年次有給休暇残日数は、転籍日をもって消滅する。
(勤続年数)
第6条 丙の甲における勤続年数は乙の勤続年数に通算せず、退職金、年次有給休暇の算定に関しては、乙の勤続年数に基づいて計算する。公的年金そのほかの社会保険給付上の取り扱いについては、関係法規の定めるところによる。
(その他)
第7条 本転籍契約に関する事務手続きについては、甲乙協議してこれを処理する。
2 本転籍契約の内容に関し、何らかの疑義が生じた場合には、甲乙丙が誠実に協議してこれを処理するものとする。
本契約の成立を証するため本書3通を作成し、甲、乙、丙記名捺印のうえ、各々1通を保有する。
●●●●年●月●日
甲  ○○県○○市○○町○丁目○番○号
株式会社 ●●
代表取締役  ●●●●
乙  △△県△△市△△町△丁目△番△号
株式会社 ▼▼
代表取締役  ▼▼▼▼
丙  ××県××市××町×丁目×番×号
××××

3.転籍出向辞令のひな型

こちらは、転籍出向辞令のひな型です。

●●●●年●月●日
出向辞令
所属××
××××殿
株式会社●●
代表取締役 ●●●●
●●●●年●月●日付で、就業規則※※条に基づき、貴殿に対し、▼▼社への出向を通知します。
なお、出向に関する労働条件等については、●●●●年●月●日に締結した転籍出向契約書の通りとします。

転籍出向させる際の注意点

転籍出向は、会社が業績不振に陥った際に人員削減のためにやむを得ず行われることもあります。しかし、そのような場合でも、従業員の同意のない転籍や、転籍出向の強要等は認められません

1.転籍出向が無効になる場合

転籍出向は、出向従業員にとっては、出向元会社との雇用契約を終了させることになります。そのため、前述のとおり、従業員の個別的な合意が必要となります。したがって、従業員の個別的な合意がない場合、転籍出向命令は無効です。もっとも、従業員が転籍出向命令に従わない場合、業務命令違反による解雇が行われることがあります。この場合、解雇権濫用法理が適用され、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、その権利を濫用したものとして、無効」となります(労働契約法第16条)。具体的には以下のような場合に注意が必要です。

  • 労働組合活動を妨害する目的で労働組合幹部を対象にする場合(労働組合法第7条)
  • 思想信条を理由とする場合(労働基準法第3条)
  • 業務上の必要性がない場合
  • 人選の合理性を欠く場合
  • 家庭の事情で生活上著しい不利益が生じる場合
  • 勤務形態が大きく低下しうる場合
  • 出向先の職種が異なる場合
  • 手続違反がある場合

勤務形態が大きく低下しうる場合としては、転籍によって従業員の給与が少なくなる場合が想定されます。出向元会社と出向先会社で給与に相当の差がある場合、従業員の同意が得らない可能性があるため、出向元会社が差額分を補填することを検討してもよいでしょう。ただし、転籍により、従業員と出向元会社との雇用関係は終了するため、給与は出向先会社が全額支給するのが原則です。

2.転籍を拒否された場合

昨今、会社の業績を維持するために特定の部門を別会社化して、従業員を転籍出向させるケースが増えています。実質的には同じ会社であっても、従業員の個別的同意がない場合は、原則として転籍の強要はできません。また、転籍を拒否した従業員を人員削減目的で解雇する場合、違法な整理解雇に該当する可能性があるため注意が必要です。
会社の整理解雇が認められるのは、次の4つの場合です。

  • 人員整理の必要性
  • 解雇回避努力義務を尽くしたこと
  • 解雇する従業員の人員選定の合理性
  • 解雇手続の妥当性

過去の裁判例では、転籍拒否を整理解雇の基準とすることは人員選定の合理性がないとしたもの(神戸地方裁判所平成2年6月25日判決)、特定部門を子会社化した先への転籍拒否を理由とした解雇で、大半の従業員が転籍に応じたので解雇の必要性がないとしたもの(最高裁判所平成6年12月20日判決)等があります。
従業員に転籍を拒否されるなどのトラブルを避けるためには、退職金の上乗せをする、一定期間の差額給与填補を出向先会社と協定するなど、転籍の条件を工夫して、本人の同意を得るよう最大限努めることが大切です。

転籍出向契約書のリーガルチェックの必要性

転籍出向は、出向従業員にとっては出向元企業を退職する効果をもつため、退職金や有給の消化に関する出向元会社との関係、出向先会社での労働条件に関する不安を抱く従業員が多いです。従業員の不安を解消して同意を得るために、出向元会社が出向先会社と差額給与の補填契約を結ぶことも考えられます。もっとも、当該補填が贈与にあたるとして、会社に過大な贈与税を課税されるリスクもあるようです。
従業員の同意を得た上で転籍出向を行い、会社の業績を維持するためには、弁護士に依頼して、転籍出向契約書のリーガルチェックを事前に受けておくことをおすすめします。リーガルチェックによる具体的なメリットとしては、以下のような点が挙げられます。

  • 転籍出向命令が違法となるリスクを回避できる
  • 従業員が転籍出向命令を拒否した場合でも整理解雇の要件を充足できる
  • 退職金の支払や有休消化など従業員の同意を得やすい内容を網羅できる
  • 出向先会社との関係で一定の労働条件の合意を得やすい

転籍出向が不当解雇にあたるとして従業員から訴えを起こされると、労働審判や労働裁判などで会社が不利な立場に追い込まれる可能性があり、巨額の賠償金の支払を求められるおそれもあります。そのようなリスクを避けるためにも、事前に企業法務に精通したリーガルチェックを受けておくことをおすすめします。

まとめ

今回は、転籍出向契約の概要や類似契約との違い、転籍出向時に必要な書類、転籍出向契約書のひな形と記載事項、転籍出向(移籍出向)転籍出向を行う際の注意点などについて解説しました。
転籍出向は在籍出向と違い、個別の同意が必要とされています。従業員の同意を得られない場合、会社が一方的に転籍を強要することは法律上認められないという点には十分注意して下さい。
会社の経営を維持することを目的として従業員の出向を検討している場合、在籍出向を選択した方がよいと考えられるケースもあります。事前に企業法務に精通した弁護士に相談して、会社と従業員の双方にとって最適な選択を検討することが望ましいでしょう。

東京スタートアップ法律事務所では、企業法務・経営・会計に精通した弁護士が、各企業の状況や方針に応じたサポートを提供しております。従業員の出向をはじめとする会社の経営維持や業績改善のための施策などに関するご相談にも対応しておりますので、お気軽にご連絡をいただければと思います。

画像準備中
執筆者 弁護士後藤 亜由夢 東京弁護士会 登録番号57923
2007年早稲田大学卒業、公認会計士試験合格、有限責任監査法人トーマツ入所。2017年司法試験合格。2018年弁護士登録。監査法人での経験(会計・内部統制等)を生かしてベンチャー支援に取り組んでいる。
得意分野
企業法務、会計・内部統制コンサルティングなど
プロフィール
青森県出身 早稲田大学商学部 卒業 公認会計士試験 合格 有限責任監査法人トーマツ 入所 早稲田大学大学院法務研究科 修了 司法試験 合格(租税法選択) 都内法律事務所 入所 東京スタートアップ法律事務所 入所
書籍・論文
『スタートアップの法務ガイド』中央経済社
『スタートアップの人事労務ガイド』中央経済社