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投稿日: 弁護士 内山 悠太郎

スタートアップに必要な人材育成の方法と注意点

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スタートアップ企業の経営陣の中には「人材育成は必要だと思っているが、人材育成のために費やせる時間と資力がない」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。

スタートアップ企業には人事部門がないことが多く、人材育成の必要性は感じていても、実際に取り組む余裕がないケースは多いかもしれません。

今回は、スタートアップ企業における人材育成の方法、人材育成を行う際の課題や注意点などを解説します。

スタートアップ企業の人材育成の状況と成果

まずは、スタートアップ企業における人材育成の状況と、人材育成による成果について説明します。

1.スタートアップ企業の人材育成の状況

2020年に、独立行政法人労働政策研究・研修機構が7,624社を対象に実施した「人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査(企業調査)」の中で、従業員に対する人材育成・能力開発の方針として多かったのは以下の回答です。

  • 今いる人材を前提にその能力をもう一段アップできるよう能力開発を行っている(30.9%)
  • 人材育成・能力開発の方針について特に定めていない(26.8%)
  • 個々の従業員が当面の仕事をこなすために必要な能力を身につけることを目的に能力開発を行っている(22.3%)

ただし、従業員数が9人以下の小規模会社では、「人材育成・能力開発の方針について特に定めていない」という回答が37.9%を占めています。従業員数が少ないスタートアップ企業でも、同様に人材開発を行っているケースは少ないのが実情と予想されます。

2.人材育成で得られる成果

同調査の中で、人材育成の効果として「職場の生産性が向上」に「効果がある」または「ある程度効果がある」と回答した企業は8割近く(78.1%)に上っています。このことから、ほとんどの企業は、人材育成・能力開発の効果について認識していることがわかります。
人材育成で得られる効果としては、「職場の生産性が向上」以外に以下のようなものが挙げられていました。

  •  顧客満足度の向上
  •  従業員のモチベーションの向上
  •  定着率の向上
  •  職場の人間関係の円滑化

スタートアップ企業にとって、顧客満足度や生産性の向上、職場の人間関係の円滑化や従業員の定着率の向上は、企業活動を発展させる上で不可欠です。特に、従業員の定着率の低さが問題となっている場合は、人材育成に取り組む必要があるといえるでしょう。

スタートアップ企業における人材育成の3つの方法

スタートアップ企業における効果的な人材育成の方法を3つ紹介します。

1.OJT(On-the-Job Training)

OJT(On-the-Job Training)とは、実務を通して行う人材育成の方法のことをいいます。通常通りに業務を進めながら、実務的なスキルや現場のノウハウを効率良く伝えられるというメリットがあります。実際にOJTを人材育成の手法として取り入れている企業では、以下のような方法が取られています。

  • とにかく仕事を実践させ、経験させる
  • 仕事のやり方を実際に見せる
  • 身に着けるべき知識や能力を示す

OJTは専任の教育係を付けずに実務を進めながら行うことができるので、人員に余裕がないスタートアップ企業でも取り入れやすい方法といえるでしょう。

OJTを効果的に行うためには、会社の理念や仕事の心構えを示すことが大切です。また、育成される側が精神的な負担を感じないよう、本人の習得度を確認しながら段階的に進めること、仕事の悩みや不安について相談に乗りながら進めることも重要なポイントです。

2.Off-JT(Off-the-Job Training)

Off-JT(Off-the-Job Training)とは、日常業務から離れて、職場の外で能力向上のための教育やトレーニングなどを受けることをいいます。自社で社内研修として行う方法、社外のプロや外部講師を利用する方法、外部研修を受ける方法など、さまざまな方法あります。Off-JTは、実務では習得しにくい専門知識を体系的に学ばせたい場合や、実務の基礎となる知識を習得させたい場合に有効と考えられています。

Off-JTを行うためには、業務外の時間が必要になるため、スタートアップ企業ではなかなか実施する余裕がないかもしれません。しかし、前述した調査では、Off-JTを実施した企業の約9割が、「効果があった」または「ある程度効果があった」と回答しています。また、人材育成や能力開発の方針を従業員に伝えて社内でその方針が浸透している企業の方が、Off-JTの効果を実感している割合が高いという結果が示されています。この結果から、人材育成や能力開発の方針を従業員に示した上でOff-JTを実施することが、効果的な人材育成につながるといえるでしょう。

3.自己啓発支援

自己啓発支援とは、従業員自らの意思で行う能力開発などの取り組みを、企業が支援することをいいます。仕事に役立つ資格を取得させたい場合や、成長意欲が高い従業員をサポートしたい場合などに有効です。
前述した調査によると、人材育成の一環として自己啓発支援を行っている企業は全体の約4分の1と少数で、300人以上の企業では6割超が導入しているものの、300人未満の企業では導入していない企業の方が多いです。

自己啓発支援の内容としては、受講料などの「受講料などの金銭的援助」(79.6%)が大半を占めますが、以下のような内容も含まれています。

  • 就業時間の配慮
  • 教育訓練施設、通信教育等に関する情報提供
  • 教育訓練休暇(有給、無給の両方を含む)の付与
  • 社内での自主的な勉強会等に対する援助

資力が限られているスタートアップ企業では、金銭的援助の導入は難しいかもしれませんが、就業時間の配慮や休暇の付与、教育訓練施設等に関する情報提供、自主的な勉強会等に対する援助などは工夫次第で導入できるのではないでしょうか。

スタートアップ企業で人材育成を行う手順

スタートアップ企業で人材育成を行う際の手順について説明します。

1.人材育成の目的を整理する

対象となる従業員の能力や社内の立場などによって、人材育成の目的は変わってきます。例えば、新入社員と、スキルを見込んで採用した専門分野のリーダー候補では、人材育成の目的が大きく異なります。
「平成30年版 労働経済の分析-働き方の多様化に応じた人材育成の在り方について-」という報告書の中で厚生労働省が公開しているデータによると、以下のような目的で人材育成を行う企業が多いとのことです。

  • 今いる従業員の能力をもう一段アップさせ、労働生産性を向上させる
  • 従業員のモチベーションを維持、向上させる
  • 数年先の事業展開を考慮して、今後必要な人材を育成する
  • 今いる従業員が当面の仕事をこなすための能力を見つけさせる

人材育成に取り組む際は、自社の従業員を分析し、誰に対してどのような目的で人材育成を行うのか整理し、明確な目標を設定することが大切です。

2.スキルマップを作成する

人材育成の目的が明確になったら、次にスキルマップの作成を行います。
スキルマップとは、従業員一人ひとりの業務上必要な能力やスキルを一覧表にしたものです。

業務上必要となる企画力、コミュニケーション能力、プログラミングのスキルなどの能力や資格などを洗い出し、それぞれに対する達成度をレベル1「理解不足」からレベル5「熟知し他人を指導できる」に分けて点数化します。

この作業により、従業員の能力やスキルを可視化することができ、業務上不足しているスキルも明らかになるため、どのような教育が必要なのかわかります。また、従業員が業務上必要なスキルを習得するために教育を受けることは、組織全体の生産性を高めることにつながります。
スキルマップのテンプレートを利用したい場合、「スキルマップ テンプレート」で検索して、利用しやすいものを選ぶとよいでしょう。

3.人材育成の方法をプランニングする

スキルマップが完成したら、スキルマップに基づいて、具体的な人材育成の方法をプランニングします。
基礎的な知識が不足している従業員にはOff-JTにより体系的な知識を習得させる、実務的なスキルが不足している従業員には、OJTにより先輩の指導の元で実践を積ませるのがよいでしょう。Off-JTを行う場合は、具体的な教育施設、講座なども選定しましょう。

4.振り返りと社内環境の整備

人材育成は、実施後に振り返りを行うことが大切です。振り返りを行い、効果測定をすることにより、今後さらに効果的な人材育成を行うことができるようになります。
また、OJTを通して相談しやすい人間関係を醸成する、自己啓発の取り組みを評価の基準に加えるなど、社内の環境を整備することで、会社の事業展開をリードする人材が育ちやすくなります。

スタートアップ企業が人材育成を行う際の課題と注意点

スタートアップ企業が人材育成を行う際、どのような点に注意が必要なのでしょうか。
2020年に、独立行政法人労働政策研究・研修機構が従業員 5 人以上の企業で働く18歳~65歳男女10,000人を対象に実施した「人材育成と能力開発の現状と課題に関する調査(労働者調査)」の結果を踏まえながら、人材育成を行う際の課題と注意点について説明します。

1.無理に時間を確保しないこと

同調査の中で、従業員が感じている「仕事をする能力を高めるうえでの課題」に関する問いに対して「特に問題はない」(32.0%)の次に多い回答は「忙しすぎて教育訓練を受ける時間がない」(21.6%)でした。
人員に余裕のないスタートアップ企業では、教育訓練を受ける時間的な余裕がないと感じている従業員はこの数字より多いかもしれません。

従業員自身がこのように感じている場合、会社側が無理に人材育成のための時間を確保しようとすると、従業員のストレスを増大させるおそれがあるので注意が必要です。人員に余裕がない場合は、OJTを積極的に活用するなど、業務に支障がない方法で人材育成に取り組むとよいでしょう。

2.従業員に必要な能力を会社が明確に示すこと

上記の問いに対して「忙しすぎて教育訓練を受ける時間がない」に次いで多かったのが以下の回答です。

  • 従業員の間に、切磋琢磨して能力を伸ばそうという雰囲気が乏しい(20.5%)
  • 従業員に必要な能力を、会社が考えていない(18.6%)
  • 従業員に必要な能力を、会社がわかりやすく明示してくれない(18.2%)

これらの回答から、従業員が業務に必要な能力を高めるためには、会社側が従業員に必要な能力について明確に示すことが不可欠だということがわかります。会社側が従業員に対して求めている能力を明確に示して自己啓発をサポートする制度などを構築できれば、従業員の間に切磋琢磨して能力を伸ばそうという雰囲気が自然と生まれるかもしれません。

また、同調査の中で、人材育成の目的が浸透している方が、企業も従業員も人材育成の効果を得やすいという結果が示されていました。人材育成を行う際は、企業としてどのような目的と方針のもと人材育成に取り組んでいるのかを従業員に対して丁寧に説明することが大切です。

3.プロセスに対する評価もすること

また、目標達成の成果をフィードバックし、評価することも重要です。その際、成果だけでなく、従業員が取り組んだプロセスにも目を止めて、評価しましょう。

同調査によると、従業員が一人で仕事をこなせるようになるまでに要する期間は、業種によっても異なりますが、3~4年とする割合が4割弱を占めています。それだけに、人材育成の効果が目に見える形で現れるまで時間を要することも考えらえます。成果として直ちに現れなくても、企業がプロセスを評価していると伝えることは、従業員の仕事に対する満足度を向上させ、モチベーションや定着率の向上にもつながります。

まとめ

今回は、スタートアップ企業の人材育成について、取組みやすい育成方法や、人材育成を行う際の注意点などについて解説しました。

人材育成は、お金、時間、労力がかかることから、経営基盤をこれから整えようとするスタートアップ企業にとっては導入が難しいと感じられることもあるかもしれません。しかし、有効な人材育成を導入できれば、顧客満足度の向上、生産性の向上、定着率の向上といった企業活動全般にメリットを及ぼすことが期待できます。自社で、人材育成の方法について検討する余裕がない場合は、外部の専門家のサポートを受けることも選択肢の一つです。

東京スタートアップ法律事務所では、これまで数多くのスタートアップ企業をサポートしてきました。企業の状況に応じて、効果的な人材育成の方法の検討、具体的な施策立案などをサポートすることも可能です。人材育成をはじめ、スタートアップ企業の事業でお悩みのことがございましたら、お気軽にご相談いただければと思います。

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執筆者 弁護士内山 悠太郎 宮崎県弁護士会 登録番号59271
私は、学生時代はアルペンスキーとサーフィンに明け暮れておりました。そんな中で、弁護士を目指すにいたったのは、社会に役に立つための知識を身につけたいという単純な思いからでした。人や企業が困っている場面で手助けできるスキルを身につけて社会に貢献したいと考え、弁護士を志すに至りました。
得意分野
ガバナンス関連、各種業法対応、社内セミナーなど企業法務
プロフィール
埼玉県出身 明治大学法学部 卒業 早稲田大学大学院法務研究科 修了 弁護士登録 都内法律事務所 入所 東京スタートアップ法律事務所 入所
書籍・論文
『スタートアップの法務ガイド』中央経済社
『スタートアップの人事労務ガイド』中央経済社