残業手当の支払い義務|みなし残業や管理職の時間外手当・計算方法も解説
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新型コロナウイルスの感染拡大による経済活動への影響が長期化・深刻化する中、経営状態が悪化して、従業員の残業代手当を支払うのが困難になるという状況に陥る企業は少なくありません。
「未払い残業代が発生しているが、支払う余裕がないのでできれば放置したい」「従業員から残業代の不払いを指摘されたが、みなし残業制を導入しているのに支払わなければならないのだろうか。」など、残業手当の支払いに関するお悩みを抱えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
残業手当の不払いは、会社が重大なペナルティを受ける可能性のある問題です。一方で、従業員が未払い残業代に対する残業手当を請求しても、支払義務がないケース、不当に高額な金額が請求されているケースも存在します。
今回は、会社の残業代の支払義務、残業代を支払わなくてよいケース、時間外労働に対する残業手当の計算方法、残業手当の支払義務違反の罰則、従業員から不当な残業手当の支払いを請求された場合の対処法などについて解説します。
残業手当の不払いは労働基準法違反か
残業手当の不払いは、労働基準法違反として、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられる可能性があります(労働基準法第119条、37条)。
残業手当は、会社で定めた労働時間である所定労働時間を超えて労働した場合に発生します。加えて、労働基準法の規定では、労働時間は、原則1日8時間、1週間40時間と定められています。会社がこの規定を超えて従業員を労働させた場合は、会社は所定の割増賃金を残業手当として支払わなければいけません。
残業手当の支払い義務が発生しない9つのケース
残業手当の支払いは会社に課された法律上の義務ですが、会社が残業代を支払う必要がないケースもあります。残業手当の支払い義務が発生しないケースについて具体的に説明します。
1.事業場外みなし労働制の場合
事業場外みなし労働制度は、労働時間の把握が難しい場合に、実働時間に関わらず一定時間を労働したものとみなすことができる制度のことです(労働基準法第38条の2)。外回りの営業職など、主に社外で活動する従業員に適用されます。労働基準法上の「一定時間」には、雇用契約で決められた時間と、業務処理に通常要する時間を含み、後者には残業時間も含まれます。事業場外みなし労働制度が適正に運用されている場合は、残業手当を支払う必要はありません。ただし、休日・深夜手当は別途割増賃金が生じるので注意が必要です。また、事業場外みなし労働時間制の適用要件は近年厳格化しており、法的紛争の場で事業場外みなし労働時間制の適用が認められない可能性もあるため、注意が必要です。
2.裁量労働制の場合
裁量労働制は、事業場外みなし労働時間制と同様に変則的な労働に対応するみなし労働時間制の一種です。裁量労働制には、専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制の2つの種類がありますが、適用対象が、高度に専門的な業務や企画立案を行う業務に限定されているという点には注意が必要です。裁量労働制も事業外みなし労働制度と同じく、適正に運用されている場合は休日・深夜手当を除き、残業手当を支払う必要はありません。
3.固定残業制の場合
固定残業制度とは、一定の条件下で、毎月一定の割増賃金を固定支給する制度のことです。固定残業制の場合、固定残業代を超える割増賃金が発生しない限り、残業手当を支払う必要はありません。ただし、雇用契約や就業規則で基本給と固定残業代が明確に区別されていることや、固定残業部分が客観的に休日・深夜を含む残業の対価として適性と認められることが必要です。また、固定残業分を超えた残業については、残業手当の支払いが必要となります。
4.管理監督者の場合
従業員が労働基準法の定める「管理監督者」に該当する場合は、休日・深夜労働の割増賃金を除き、時間外・休日労働の残業手当や割増賃金を支払う必要はありません。ただし、労働基準法上の「管理監督者」は、「マネージャー」「部長」「課長」など名目上の管理職では足りず、経営者と一体的立場にあることが必要とされています。具体的には、会社での人事権限、経営への関与の程度や意思決定権、業務量や業務時間に対する裁量、経営者と一体的立場にある者に相応しい待遇などを総合的に考慮して判断されます。役職に付いていても、実質的に経営者と一体的立場にあるとは認められない場合は、残業手当の支払いが必要となるため注意が必要です。
5.フレックスタイム制の場合
フレックスタイム制は、労働時間を1か月以内の一定期間単位で管理し、報酬を精算する制度です。最終的に集計した労働時間が法定労働時間を超えない限り、時間外労働は発生しないため、残業手当の支払いは不要です。ただし、この場合も、休日・深夜労働は対象外となり、別途割増賃金の支払いが必要です。
6.法律で残業手当の支給がない業務の場合
労働基準法で、「農林業・水産畜産業など天候や自然条件に左右される業務」、「守衛・門番など身体・精神の負担が少ない監視業務」「マンション管理人や用務員など手持ち時間が多い断続的労働業務」の3つは、時間外・休日労働の割増賃金が発生しないと定められています(同法第41条1号、3号)。ただし、監視業務や断続的労働者の業務で残業手当を払わないためには、労働基準監督署の許可が必要です。
7.残業禁止の場合
会社が明確に残業を禁止していた場合、従業員が自主的に行った残業に対して残業手当を支払う必要はありません。残業が発生する場合は管理職への引継ぎを命じるなど、具体的に残業禁止命令を出した場合、その後の残業については会社の指示ではないことを認めた裁判例もあります。しかし、会社が残業を黙認していたようなケースでは、従業員からの残業手当の請求が認められる場合があるので注意しましょう。
8.従業員の主張する残業時間が不当な場合
従業員が残業手当の支払いを請求した際、その内容が、実働時間以上に過大な請求の場合には、実働時間を超えた分に対する残業手当を支払う必要はありません。実際、タイムカード上の勤務時間中の大半を、自分が経営する会社の業務に費やしていたなどという悪質な事例もあるため、注意が必要です。
9.消滅時効が完成している場合
従業員から未払い残業手当を請求されても、消滅時効が完成している場合には残業手当を支払う必要はありません。残業手当を請求する権利は、令和2年3月以前に支払われるべきだった残業代については給与支払日の翌日から起算して2年、それ以降に支払うべき残業代については3年で消滅時効にかかります。具体的には、毎月末締め翌月15日払の月給制の場合、残業手当も同じなので、令和2年5月分の残業手当は令和2年6月15日の支払日から3年の令和5年6月15日の経過により消滅時効が完成することになります。
残業手当の計算方法
残業代は、以下の計算式で算出します。
1時間当たりの賃金×残業時間×割増賃金率
1時間当たりの賃金は、基本給与を月平均所定労働時間数で割って計算します。
残業代は、時間外労働か、深夜労働か等によって割増率が変わります。そのため、時間外労働でかつ深夜労働にもかかるような場合は、特に計算を間違えないように注意が必要です。
1.法定時間外残業の場合
法定外労働として残業代の対象になるのは、以下の2つの労働時間の合計です。
- 休憩時間を除く1日8時間を超えた労働時間
- 休憩時間を除く週40時間を超えた労働時間(1日8時間を超えた労働時間を除く)
上記の「労働時間」は、実際に働いた時間をいい、遅刻や早退した時間、有給休暇取得等により休んだ時間は含みません。
法定労働時間を超えて時間外労働をした場合の割増賃金率は25%となり、以下の計算式で算出します。
1時間当たりの基礎賃金×残業時間×割増賃金率×1.25
ただし、1か月の時間外労働が60時間を超える場合は、超過部分については1.5倍になるという点には注意が必要です(中小企業は当面の間1.25倍です)。
2.深夜に法定時間外残業をした場合
午後10時から午前5時までの時間帯に働いた場合、深夜労働として、割増賃金の支払いが義務づけられています。深夜労働の割増賃金は25%で次の計算式で算出します。
1時間当たりの基礎賃金×深夜労働時間×0.25
0.25倍になるのは、通常の1時間の賃金は月給に含まれるからです。時間外労働かつ深夜労働をした場合は25%+25%=50%となり、計算式は以下のようになります。
1時間当たりの基礎賃金×法定時間外の深夜労働時間×1.5
3.休日労働をした場合
法定休日に労働した場合の割増賃金率は35%で、次の計算式で求めます。
1時間当たりの基礎賃金×休日労働時間×1.35
なお、休日労働でかつ深夜労働をした場合は25%+35%で割増賃金率は60%になります。
残業手当の支払義務違反の罰則
会社は、従業員に時間外労働や法定休日労働、深夜労働をさせた場合に、割増賃金を払うことが義務付けられています(労働基準法第37条1項、4項)。また、労働基準法には、残業手当を含む割増賃金の支払い義務違反があった場合の罰則も定められています。残業手当未払いの罰則は、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金です(同法第119条)。
なお、この罰則を受けるのは、法律に違反した者であり、会社の代表者や役員に加え、違法な残業を命じた管理職、また事業主である会社自体も対象になることがあります(同法第121条)。会社の場合は懲役刑に服せないので、罰金のみが対象です。30万円以下の罰金は、会社にとってはわずかな金額かもしれませんが、労働基準法違反で刑罰を受けることは会社の信用を傷つけ、助成金を受けられなくなる等の不利益を伴います。
また、未払い残業だけでなく、36協定違反の場合も上記罰則の対象になります。36協定とは、「1日8時間・週40時間」の法定労働時間を超えて労働させる場合に、会社が労働者の代表と交わして労働基準監督署に届け出る協定のことを言います。この36協定を締結せずに時間外労働をさせている場合や、36協定で決めた残業時間の上限を無視して残業をさせている場合も、上記の罰則の対象になります。
なお、働き方改革関連法案により、大企業は2019年4月から、中小企業は2020年4月から残業時間の上限と罰則が新たに導入され、時間外労働の上限は原則月45時間、年360時間、特別な臨時の事情があっても年720時間、単月100時間未満、複数月平均80時間が限度とされました。
従業員から不当な残業手当の支払いを請求された場合の対処法
残業手当は、在職中の従業員だけではなく、退職した従業員から突然請求されることもあります。従業員から請求されると、会社は応じなければならないように思えるかもしれませんが、前述した通り、残業手当の支払義務がないケースも少なくありません。
従業員から不当な残業手当の請求をされた場合は、早急に労働問題に精通した弁護士に相談することをおすすめします。相談することにより、従業員からの請求内容が正当なものかどうか判断してもらい、適切な対応を取ることが可能になります。
まとめ
今回は、会社の残業代の支払義務、残業代を支払わなくてよいケース、時間外労働に対する残業手当の計算方法、残業手当の支払義務違反の罰則、従業員から不当な残業手当の支払いを請求された場合の対処法などについて解説しました。
残業手当の支払いは、労使間トラブルに発展しやすい類型のため、事前に適切な協定を締結する、労務管理を徹底する等の対策をしっかり講じておくことが大切です。
東京スタートアップ法律事務所では、豊富な企業法務の経験に基づいて、各企業の状況や方針に沿ったサポートを提供しています。不当な残業代を請求する従業員への対応など、残業手当に関する問題等のご相談にも対応しておりますので、お気軽にご連絡いただければと思います。
- 得意分野
- ベンチャー・スタートアップ法務、一般民事・刑事事件
- プロフィール
- 京都府出身
同志社大学法学部法律学科 卒業
同大学大学院 修了
北河内総合法律事務所 入所
弁護士法人アディーレ法律事務所 入所
東京スタートアップ法律事務所 開設