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元従業員から未払い残業代を請求された際の対処法と注意点

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会社の元従業員から、未払い残業代の支払いを請求する内容証明郵便が届いた場合、どのように対処すればよいでしょうか。
未払い残業代の支払い請求が内容証明郵便等の文書で届いた場合、元従業員は請求してきた時点で法的措置(労働審判申立や訴訟提起等)を前提に弁護士に依頼をしている可能性が高いです。「残業代なら支払ったはずだ」「残業はしていなかったはずだ」「管理職だったから残業手当はつかないはずだ」などと思われたとしても、適切に対処をする必要があります。

今回は、未払い残業代を請求された場合のリスク、未払い残業代を請求された場合に確認すべき事項、元従業員からの未払い残業代請求を巡る裁判例、未払い残業代を請求されないための予防策について解説します。
なお、本記事において「残業」とは、労働基準法第37条で定められた時間外労働手当・休日労働手当(同条1項)及び深夜労働手当(同条4項)が支払われる対象となる労働を指します。

【解説動画】TSL代表弁護士、中川が未払い残業代を請求された際の対処法と注意点について解説

未払い残業代を請求された場合のリスク

1.残業代請求は労働審判手続で認められやすい

賃金や手当金支払い、解雇や懲戒処分の効力等の労働問題については2005年に始まった労働審判により、通常の民事訴訟よりも低額な訴訟費用で簡易かつ迅速に審理が行われています。未払い残業代請求については労働審判の申立てが頻繁に行われていて、従業員側の主張が認められるケースが多いです。
労働審判の申立てを起こされた場合、最初の期日までの約1か月程度の間に会社側の主張をまとめ、それを裏付ける証拠を収集する必要があります。

2.高額の未払い残業代を請求される可能性も

労働審判で従業員側の主張が認められた場合、会社は多額の未払い残業代を請求されるおそれがあります。

2020年4月の改正民法施行を受けて、残業代請求権の時効が2年から3年に延長されました。現時点では、賃金債権の消滅時効期間は2020年3月31日以前に発生した債権については2年、同年4月1日以降に発生した債権については3年となります。改正民法では、短期消滅時効が廃止され、債権の消滅時効期間は5年に統一されています。そのため、将来は、残業代請求権の時効も5年に延長される可能性があります。残業代請求権の時効延長に伴い、会社が支払わなければならない未払い残業代の額も高額になりうるため、注意が必要です。

また、未払い残業代に対しては債務不履行による遅延損害金が発生します。さらに、悪質とみなされた場合、支払うべき残業代と同額を上限とした付加金の支払いを命じられる場合もあります(ただし、付加金支払いを命じるかどうかは裁判所の裁量に委ねられており、労働審判では付加金の支払いを命じられることはないといってよいでしょう)。

未払い残業代を請求された場合に確認すべき事項

未払い残業代を請求された際、まずは元従業員の主張が正当といえるのか、形式的な事項の調査を行いましょう。これらの事項については通常、短時間で調査が可能で、一つでも該当する事項があれば、労働審判を申し立てられた場合も反論として主張できます。
調査すべき事項について具体的に説明します。

1.管理監督者に該当する立場にあったか

確認すべき項目の一つとして、未払い残業代を請求している元従業員が、時間外労働手当支給の適用外である「管理監督者」(労働基準法第41条2号)に該当するか否かです。

労働基準法第41条2号には「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者」(管理監督者)には、同法が定める「労働時間・休憩及び休日に関する規定」は適用されないと定められています。

従業員の立場が「管理監督者」に該当するかの判断基準については法令上の定めはありませんが、名ばかり管理職の問題を世間に知らしめた事件の判決(東京地方裁判所2008年1月28日判決)を受け、2008年9月9日に厚生労働省通達により判断基準が示されました。判断基準を要約すると、以下の通りです。

  • 企業が人事管理上あるいは営業政策上の必要等から任命する職制上の役付者(部長・工場長等)であれば、すべてが管理監督者として例外的取扱いが認められるものではない
  • 管理監督者の範囲を決めるにあたっては職務内容、責任と権限、勤務態様などの実態に着目する必要がある
  • 上記のほか、賃金面の待遇面についても(中略)基本給、役付手当等において、その地位に相応しい待遇がなされているか否か、ボーナス等の一時金の支給率、その算定基礎賃金等についても役付者以外の一般労働者に比し優遇措置が講じられているか否か等について留意する必要がある

なお、管理監督者に該当する場合でも、深夜労働手当については適用除外の対象となっていないため支払う義務があるという点には注意が必要です。

2.会社が残業を禁止していたか

会社が残業を禁止していた場合は、従業員が自主的に法定時間外に労働していたとしても、原則として、残業とは認められません。
ただし、この残業禁止の指示は就業規則等で明示され、従業員に周知されている必要があります。残業禁止であることが周知されておらず、従業員が繰り返し残業していることを会社側が黙認していたような場合には、その旨の事実については従業員側の主張の方が認められやすくなります。

3.固定残業代制度の対象だったか

会社が固定残業代制度を採用していて、固定残業代制度の適用対象であった元従業員から、未払い残業代を請求された場合、未払い残業代は発生していない旨を会社が主張できる可能性があります。
固定残業代制度とは、従業員が実際に労働した時間に関わらず、給与に一定額の割増賃金を含めて支給することをいいます。定額残業代制度、みなし残業代制度などと呼ばれることもあります。
ただし、固定残業代制は、本来支払われるべき割増賃金と同様、労働基準法の規定に従って計算した「法定時間外労働に対する対価」である必要があります(対価性の要件:東京地方裁判所2012年6月29日判決等)。
そのため、当該従業員の成績や企業の業績によって増減させるような取扱いは、固定残業代の趣旨に反することになります。

また、労働基準法上、法定時間外に労働させた時間が1か月あたり60時間を超えた場合は、その超過時間分の労働については通常の労働時間の賃金の50%以上の率の割増賃金を支払わなければなりません(同法第37条1項但書)。

固定残業代制が就業規則等で明示され、従業員が同意していたとしても法定時間外及び休日の労働時間の合計が1か月60時間を超えていた事実があれば会社側には少なくとも超過時間分の割増賃金を支払う義務が生じていることになります。また、「1か月あたりの法定時間外及び休日の労働時間が60時間を超過する場合でも、規定する固定残業代以上の割増賃金は支払わない」旨の規定を定めることは、従業員の同意の有無にかかわらず労働基準法違反で無効になります。

4.時効が成立しているか

元従業員が主張する残業の事実が認められる場合、時間外労働手当が発生する期間の賃金債権の全部または一部が消滅時効にかかっているか否かを確認しましょう。
前述した通り、賃金債権は2020年3月31日以前に発生したものは発生から2年、同年4月1日以降に発生したものは3年で消滅時効にかかります。
ただし、残業代支払請求は消滅時効の完成猶予事由の一つである「支払督促」(民法第147条1項2号)に該当するため、請求日時点でまだ消滅時効にかかっていない債権についての時効期間は、その事由が終了するまでは進行が停止するという点には注意が必要です。

元従業員からの未払い残業代請求を巡る裁判例

元従業員からの未払い残業代請求については、過去に多くの裁判で争われています。その中から、代表的な裁判例を2つご紹介します。

1.「名ばかり管理職」に対する残業代支払いを命じた判決

最初にご紹介するのは、大手ファストフードチェーンの店長が、残業代を支払われないのは違法だとして、時間外労働等に対する割増賃金の支払いを請求した裁判です(東京地方裁判所2008年1月28日判決)。この裁判は、労働基準法第41条2号の管理監督者性が問題となった有名な事件で、名ばかり管理職の問題を世間に認識されるきっかけとなったことでも知られています。
この裁判の判決では、労働基準法第41条2項の「管理監督者」に該当するか否かを判断するために、以下のような判断基準が示されました。

  • 職務内容、権限及び責任に照らし、労務管理を含め、企業全体の事業経営に関する重要事項に関与しているか
  • その勤務態様が労働時間等に対する規制になじまないものであるか
  • 給与(基本給・役付手当等)及び一時金において、管理監督者に相応しい待遇がされているか

この判断基準を踏まえて、本件の店長の職責や勤務態様について詳細な事実認定を行った結果、本件店長は「管理監督者」に該当しないと判断されました。
このように、たとえ会社内で「管理職」扱いがされていても労働基準法上の管理監督者に当たらない場合には残業代請求が認められることになります。

2.記録外の深夜休日労働を巡る裁判例

次にご紹介するのは、工業用ゴム製品の販売業を行う会社の従業員が、会社に対して時間外・休日・深夜の割増賃金約533万円を請求した事件です(大阪高等裁判所2005年12月1日判決)。
当該従業員は月40~50時間の残業を行っていましたが、上司が替わった後、残業が厳しく規制されるようになり、申告できる範囲が月5~11時間程度となりました。しかし、その後も、実際は従前と同様に月の40~50時間の残業をしていました。
この会社では、タイムカードによる出退勤管理が行われておらず、当該従業員の出退勤時刻については、従業員の妻が夫の帰宅時間を記載していたノート以外に証拠がないという状況でした。
他方、この会社には、当該従業員の他にも長時間残業していた従業員が多数存在し、労働基準監督署から時間外労働手当が支給されていない件で是正勧告を受けていたという事実もありました。

裁判所は、退社時刻から直ちに時間外労働時間が算出できるものではないと認定しました。

  • 当該従業員の時間外労働は会社の明示的な職務命令によるものではなかったこと
  • 従業員の作業のやり方次第で残業の有無や時間が大きく左右されたこと
  • 営業所の中で業務と関係のない行為をしていた従業員が存在していたこと

他方、タイムカード等による出退勤管理をしていなかったのは会社側の責任によるものとして、これを従業員に不利益になるように扱うべきではないという判断を示し、平均的な退社時刻を21時30分と認定して、従業員が請求した金額の一部にあたる272万円と付加金230万円の支払いを会社に命じました。

本件では、具体的な退社時刻や従事した勤務の内容が明らかでないことをもって、従業員側による時間外労働の立証がされていないと扱うのは相当ではないと判断されました。
その上で提出された全証拠を総合的に判断してある程度概括的に時間外労働を推認するとしています。このように、本来会社の義務である労働時間の適切な管理を怠ると、事実上、使用者が不利な立場に立たされることになります。

未払い残業代を請求されないための予防策

会社が未払い残業代を請求されないためには、どのような予防策を講じるべきなのでしょうか。上記の裁判例を踏まえ、必要な予防策について説明します。

1.残業を承認制にする

未払い残業代を請求されないためには、可能な限り、時間外労働や休日深夜の労働を発生させないことが大切です。原則として、時間外や休日深夜の労働は禁止し、業務上やむを得ず必要な場合は、事前に上司の許可を得るという規定を設けることが望ましいでしょう。
ただし、会社が残業を禁止あるいは制限していても、所定の労働時間内では到底終わらせることができないような過大な業務を行わせたり、多数の従業員が長時間の残業や休日労働を行っている実態があり、会社がそれを黙認している場合は、未払い残業代を請求された際、従業員側の主張が認められる可能性が高いです。

2.労働時間の管理を徹底する

前述した裁判例では、上司が替わった後、残業が厳しく規制された結果、実際の残業時間と会社側に申請可能な残業時間に乖離が生じたことが、未払い残業代発生の要因となりました。このような事態を防ぐためには、管理職が部下の業務量や進捗状況を適切に管理できるよう教育やサポートを徹底することが大切です。また、時間外の残業をせざるを得ない状況に陥っている従業員がいる場合、問題を早期発見して解決できるよう、従業員全員の労働時間を正確に把握できる労務管理を行うことも重要です。この点、使用者としては、厚生労働省が出している「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」中の「4 労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置」の部分に記載されている措置を講じるなどして従業員の労働時間を正確に把握するように努めることが重要です。

まとめ

今回は、未払い残業代を請求された場合のリスク、未払い残業代を請求された場合に確認すべき事項、元従業員からの未払い残業代請求を巡る裁判例、未払い残業代を請求されないための予防策について解説しました。

未払い残業代を請求された場合は、できる限り早急に、適切な対処を行う必要があります。労働審判の申立てを受けた場合は、第1回期日までに説得力のある主張をする必要があるため、労働問題に精通した弁護士に相談することをおすすめします。

東京スタートアップ法律事務所では、企業法務に関する専門知識と豊富な経験に基づいて、様々な企業のニーズや方針に合わせたサポートを提供しております。未払い残業代を請求された際の対応や労働審判の答弁書の作成等にも応じておりますので、お気軽にご相談いただければと思います。

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執筆者 -TSL -
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