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更新日: 投稿日: 弁護士 高島 宏彰

中小企業の安全配慮義務対策|コロナ・台風・うつ病など義務の範囲や時効を解説

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2019年の日本各地の台風災害や2020年の新型コロナウィルスの蔓延を背景に、企業の安全配慮義務がメディアで取り上げられるケースが増えています。台風時に従業員が出勤した店舗が安全配慮義務違反と批判を受けたり、新型コロナウィルスでもテレワークを導入しなかった企業が「ブラック企業だ」とネットで叩かれたりするなど、安全配慮義務の問題が企業イメージの低下を招く問題に発展するケースもあります。

安全配慮義務は大企業だけでなく中小企業も対応を取らなければなりませんが、そもそも安全配慮義務とはどのような義務なのか、具体的にどこまで安全配慮義務を尽くせばよいのかなど、疑問をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今回は、安全配慮義務の内容や状況に応じて企業が取るべき対応について解説します。

安全配慮義務とは何か

安全配慮義務とは、使用者(企業)が、労働者(従業員)が働く際の健康と安全を確保するよう配慮する義務のことをいいます。安全配慮義務の対象には、正社員だけでなく、パートやアルバイトの非正規職員も含まれます。

法律では「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と定められています(労働契約法第5条)。具体的な安全配慮義務の内容は、職種や業務内容などによって異なるので一律に決めることはできませんが、主に以下のように分類することができます。

1.物的施設や設備の管理義務

安全配慮義務の中でも典型的な義務の一つで、職場の危険を防止する義務を指します。機械の整備を定期的に行う、安全装置をつける、防犯設備を施す、作業場の足元が悪い場所があれば注意書きを付すなどの対応を取り、作業環境の改善に努めることが必要です。

2.人的組織の管理義務

人を通して職場の危険を防止する義務をいい、一定の事項について安全教育を行う、安全な行為を取らない従業員への指導を行う、過重労働になっていないか把握する、ハラスメント行為が起きていないか把握する、安全監視員を配置するなどの義務を指します。

主張・告発されやすい5つの安全配慮義務違反

日常業務について安全配慮義務を尽くしていても、突発的な事態に対して企業側としてどのように対応すればよいのかわからないこともあります。だからと言って状況を放置すると、安全配慮義務違反が問題になります。ここでは、従業員側が安全配慮義務違反を主張・告発しやすい5つの場面について解説します。

1.労災事故の安全配慮義務

労災とは「労働災害」のことをいい、通勤中や業務中に発生した怪我や病気のことを指します。具体的には以下のようなケースが該当します。

  • 足場から転落して怪我をした
  • 有害物質の影響により病気になった
  • 過労により体調を崩した
  • パワハラ等によりうつ病を発症した
  • 通勤中に事故にあった

労災事故では、被災者である従業員から会社の安全配慮義務違反を主張されることが多くあります。自社の従業員だけではなく、特に建設業や造船業では、下請業者の従業員の労災事故についても、元請業者の安全配慮義務違反が問題にされるケースもあります。

2.労働環境に関する安全配慮義務

安全配慮義務には、実際の怪我だけではなく、メンタルヘルスも含まれます。そのため、過重労働や長時間労働によって体調を崩した場合、うつ病などの精神疾患を発症した場合、過労死・過労自殺した場合にも、会社の安全配慮義務違反を主張されることが多くあります。特に、時間外労働が月100時間超、または平均的に80時間超の「過労死ライン」を超えていたような場合には、安全配慮義務違反はほぼ確実に問われるため注意が必要です。

3.ハラスメントなど人間関係に関する安全配慮義務

パワハラ、セクハラ、モラハラ、マタハラなど、昨今様々なハラスメントが問題になっています。会社が関与していない従業員同士のハラスメントであっても、個人の問題として放置した結果、被害を受けた従業員がうつ病などに罹患した場合には、会社は安全配慮義務違反に問われます。

4.新型コロナウイルス対策に関する安全配慮義務

2020年、新型コロナウイルスの蔓延により、感染対策に関する企業の安全配慮義務が話題になりました。感染対策のために、企業の安全配慮義務として、従業員への感染拡大を防止するための合理的な手段を講じることが求められます。具体的な対策としては、在宅勤務やテレワーク、時差出勤・時短出勤、リモート会議の推進、職場内の換気等の対応が考えられます。特に決まった対応があるわけではないので、企業の特性に応じて合理的な対応方法を検討、遂行していく必要があります。

5.台風や天災等に関する安全配慮義務

昨今、日本各地が台風や豪雨などの天災に見舞われています。このような天災下で、従業員の勤務状況と企業の安全配慮義務の関係が問題になります。安全配慮義務に当たるかどうかは、後述するように、怪我などの発生が予測できたか(予見可能性)、怪我などを避けられたか(回避可能性)、原因と結果に因果関係があるかがポイントになります。例えば、大型台風の直撃で大きな被害が発生することが予測される状況下で、出勤すれば倒木などで怪我をする可能性があるものの、在宅勤務をすれば怪我などが避けられるような場合には、予見可能性も回避可能性も認められます。そのため、従業員を無理に出勤させて怪我をさせたような場合は、企業の安全配慮義務違反が問題になり得ます。

安全配慮義務に違反した場合の企業の責任と損害賠償の目安

企業に安全配慮義務違反があり、従業員が怪我などの損害を負った場合には、従業員は企業に対して安全配慮義務違反を理由とした損害賠償を請求する可能性があります。

1.安全配慮義務違反で企業が負う責任とは

安全配慮義務は、労働契約法第5条で、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と定められています。企業がこの安全配慮義務に違反した場合、従業員から安全配慮義務違反に基づく損害賠償を請求される可能性があります。

この根拠は、「債務不履行責任」と考えられています。その内容は、企業は従業員と結んでいる労働契約に基づいて「安全配慮義務」という債務を負っているのに、義務を果たさずに債務の履行を怠ったとしての、生じた損害を賠償しなければならないというものです。

安全配慮義務違反に基づく損害賠償は、企業側が故意(認識していた)または過失(認識可能性があったのに認識していなかったという不注意)で従業員に損害を負わせたという不法行為責任(民法第709条)を根拠にすることも可能ですが、債務不履行責任に基づいて損害賠償を請求されるのが通常です。

2.企業が損害賠償を請求される場合のポイント

企業が安全配慮義務に違反したとして損害賠償請求が認められるかどうかは、次の3つの点の判断が重要になります。

  • 予見可能性:従業員が行う仕事で、怪我や病気などの発生が予見できたかどうか
  • 回避可能性:従業員の怪我や病気を避けられる方法があったかどうか、それを実行したかどうか
  • 損害との因果関係:企業の安全配慮義務違反と従業員の怪我や病気との間に因果関係があるかどうか

上記の3点が認められると、企業側に安全配慮義務違反があったとして、従業員側からの損害賠償請求が認められる可能性が高まります。

3.安全配慮義務と時効の関係

安全配慮義務違反に基づいて損害賠償を請求する権利には消滅時効があり、従業員側は一定期間行使しないとそれ以降は請求できなくなります。安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権は、法律的には「債務不履行責任」に当たるため、債務不履行責任の時効である10年で消滅時効にかかります(民法第166条1項)。

ただし、2020年4月1日から施行された民法の改正により、時効制度が変わりました。2020年3月31日までのケースでは従来通り10年間ですが、4月1日以降は時効期間が5年間に変更されるのでご注意ください。

なお、時効のスタートを起算点と言いますが、債務不履行に基づく損害賠償請求権の時効は「権利を行使することができるとき」、つまり「請求が可能になったとき」を起算点とします。例えば、工事現場の足場が悪いことを放置していたために、2020年1月1日に落下事故が起きて従業員が怪我をした場合、時効の起算点は事故の発生した2020年1月1日になり、10年後の2030年12月末に時効が完成します。一方、長期間有害物質を吸い込んだためにじん肺症に罹患した場合など、事故の発生時期が特定できない場合は、「最終の行政上の決定を受けた時」が起算点となると考えられています(最高裁判所平成6年2月22日判決)。

安全配慮義務違反にならないために企業が取るべき対応

企業が従業員から安全配慮義務違反を問われないためには、日ごろから以下のような対策を取っておくことが有効です。

1.従業員の労働時間を管理する

企業が安全配慮義務違反を問われないためには、従業員が長時間労働による過重労働にならないよう労働時間を管理することが大切です。

労働基準法第36条に基づき、従業員に時間外労働または休日労働をさせる場合は、「36協定」と呼ばれる時間外労働・休日労働協定を締結し、労働基準監督署長に届け出て、上限を原則月45時間・年360時間としなければいけません。繁忙期など特別な場合でも、時間外労働は年720時間以内となり、月45時間を越えられるのは年6か月までです。

時間外・休日労働の2~6か月間の平均が80時間、単独で月100時間を超える場合は、従業員に過労による体調不良等が生じた際に、企業の責任は免れません。従業員が直行・直帰したり、持ち帰り残業をしたりした場合なども含む労働時間を把握し、時間外労働(残業)が少なくとも月70時間を超えないように注意しなければいけません。

2.事故の発生を防ぐための措置をとる

会社や作業場で事故が起きないように、手すりや落下防止ネットの設置、安全装置の整備、定期的な機械の調整確認などの対策を取っておきましょう。

3.安全衛生管理のための体制を整える

企業の従業員数や業種によっては、労働安全衛生法に基づく衛生委員会や安全委員会を設置して、労働災害防止の取組を行うことが求められます。

衛生委員会は業種を問わず常時50人以上の労働者がいる事業場で、安全委員会は常時50人以上の労働者(業種によっては100人以上)を使用する建設業など定められた業種の事業所で設置する組織です。これらの委員会は、労働環境についての従業員側の意見を会社に伝えるなどして、企業の措置に反映させ、職場の安全向上につなげるよう活動します。この活動をスムーズに進めるため、企業の規模に応じて、統括安全衛生管理者、作業主任者・責任者、産業医などの配置も求められます。

4.職場環境を整備する

職場環境の整備には、円滑な業務遂行のための作業場や事務所、トイレ、休憩室など全員で利用できる設備の整備だけでなく、安心して勤務できる環境の整備も含まれます。特に、セクハラ・パワハラ・マタハラなど、ハラスメントは大きな問題になっています。パワハラに関しては、2020年6月1日(中小企業は2022年4月1日)からパワハラ防止法が施行され、企業のパワハラ対策が義務化されました。社内方針の明確化やパワハラに関する相談に対応する体制の整備等の対策を講じず、パワハラが発生して従業員がうつ病を罹患するなどの問題が生じた場合には、企業側の安全配慮義務違反が問われる可能性があります。

5.従業員の心身に配慮する

企業には、従業員に対して健康診断を実施する義務があります(労働安全衛生法第66条)。健康診断には、入社時(労働安全衛生規則第43条)、定期健康診断(同規則第44条)、海外派遣労働者の健康診断(同規則第45条の2)など複数の種類があります。企業側は、健康診断の結果を把握し、異常があった場合は医師の意見を聞き、必要に応じて労働時間の短縮や就業場所の変更などの対応をとることが義務付けられています(同法第66条の5)。

また、労働者が50名以上の事業所では、2015年以降、従業員のストレスチェックをすることが義務化されました。自身のストレス状態を本人に知らせることで体調やメンタルヘルスの不調を未然に防止することなどが目的です。こうした取り組みを積極的に行い、従業員の動向に注意して、体調・メンタル双方に配慮することが、企業には求められています。

安全配慮義務について弁護士に相談・依頼するメリット・デメリット

弁護士に安全配慮義務の対策を相談・依頼するメリットとしては、以下のようなものがあります。

  • 取るべき対策について既存の法律や法改正に基づいたアドバイスを受けられる
  • 新型コロナウイルスや、頻発する天災等、未経験の事態でも、過去の裁判例などをもとに適切な対策に関するアドバイスが受けられる
  • 社内の安全配慮義務の体制構築のためのアドバイスを受けられる
  • 従業員から安全配慮義務違反の指摘があった場合に法的な対応を任せられる
  • 従業員から損害賠償請求を受けた場合に対応を任せられる

昨今、従業員の心身の不調を防ぎ、働きやすい環境を整えるための対応をすることについての企業側への要請は厳しくなり、対応を義務付けした法整備も進んでいます。知らずに放置していると、莫大な損害賠償の責任を負うだけではなく、企業イメージの低下につながる恐れもあります。弁護士に相談・依頼をしておくことで、安全配慮義務違反を指摘されるリスクを回避できるとともに、万が一違反を指摘されたり損害賠償を請求された場合には、迅速で的確な対応をとり、不当な要求には法的根拠に基づいて毅然と対応してもらうことが可能です。

一方で、弁護士に安全配慮義務の対応を相談・依頼するデメリットとしては、弁護士費用の問題が挙げられます。法律相談料の相場は1時間1万円、また、継続的な対応を踏まえて会社の顧問を依頼した場合の顧問料の相場は、一般的には月額で5万円~30万円程度です。実際のトラブルに対応する場合の費用等は弁護士事務所によって大きく異なるので、十分に比較検討するとよいでしょう。

まとめ

今回は、企業が負う安全配慮義務について、新型コロナウイルス対策や、台風などの天災等、昨今の状況を踏まえて解説しました。

安全配慮義務は、単に作業場などの外的設備を整えればいいというものではなく、従業員のメンタルケアやハラスメント対策まで多岐に渡ります。対応が難しいからと放置していると、損害賠償請求や企業イメージの失墜など大きなダメージを受ける可能性があります。このような事態を防止するためには、専門家である弁護士のサポートを活用して安全配慮義務の対策を講じ、リスクを減らしておき、万が一の場合には即座に弁護士に相談・依頼できるようにしておくことが有効です。

東京スタートアップ法律事務所では、豊富な企業法務の経験に基づいて、お客様の業種や規模、個別のニーズに合った安全配慮義務対策を行っております。また、安全配慮義務の対策にとどまらず、従業員に不調が生じる等の問題や損害賠償トラブルが発生した場合の対応など、全面的なサポートが可能です。安全配慮義務をはじめとする相談等がございましたら、お気軽にご連絡いただければと思います。

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執筆者 弁護士高島 宏彰 神奈川県弁護士会
2012年筑波大学法科大学院卒。2017年弁護士登録。BtoC、CtoC取引等の法分野(消費者契約法・特定商取引法・資金決済法等)に明るく、企業法務全般に取り組んでいる。