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更新日: 投稿日: 弁護士 後藤 亜由夢

ストックオプション付与時の新株予約権割当契約書の役割と注意点について解説

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ストックオプションは、資金に余裕がないスタートアップ企業やベンチャー企業が、優秀な人材を確保するためのインセンティブ制度として用いられています。しかし、慎重に設計をしないとインセンティブとして機能しないだけではなく、既存株主の議決権比率が大きく減少するなど、予期せぬトラブルに発展するリスクもあります。そのため、ストックオプション導入時には、入念に設計を行い、必要かつ十分な事項をストックオプションの内容として定めるとともに、将来的なトラブルを回避するための条項を付与契約書に盛り込む必要があります。

今回は、ストックオプション付与時に締結する付与契約書の役割、契約書の項目、契約者の種類、雛形を利用する際の注意点、契約書チェックの相談先などについて解説します。

ストックオプション付与時の契約書の役割

そもそも、ストックオプションがどのような制度なのかあまり理解できていないという方もいらっしゃるかと思います。そのため、ストックオプションの概要について簡単に概説した後、ストックオプション付与時の契約書の役割について説明します。

1.ストックオプションとは

ストックオプション(SO:Stock Option)は、将来の株価の上昇を見込み、株式会社の取締役や従業員があらかじめ定められた一定の価格(権利行使価格)で自社株を購入できる権利のことです。自社が株式公開を果たした後、自社の株価が上昇した時にストックオプションを行使することによって、権利行使価格と株価との差の利益を得ることができます。つまり、取締役や従業員が頑張って自社を上場させ、取締役等がさらに頑張って自社の業績を上げ株価が上げることで、取締役等は株価と権利行使価格との差額を利益として得ることができるという点で、スタートアップ企業やベンチャー企業の業績連動型のインセンティブ制度として導入されることが多いです。
ストックオプションは米国で誕生し、1960年以降広く普及しました。日本では1997年の商法改正により導入が可能となり、その後の法整備により徐々に導入する企業が増えてきました。

2.非公開会社におけるストックオプションの発行手続

ストックオプションは日本の法制度では会社法上の新株予約権の一種として発行されます。新株予約権の発行手続では、原則として、募集事項の決定と通知後に新株予約権の申込みと割当てという手続きが必要とされています。しかし、ストックオプションの場合は付与対象者が予め決まっている場合が多く、申込みと割当ての手続きを省略できる総数引受方式による手続が行われることが多いです。もっとも、この場合でも、発行するストックオプションに譲渡制限が付されている場合は、発行会社は株主総会により、総数引受契約の承認を得る必要があります。
加えて、取締役等の役員に対してストックオプションを発行する場合は、原則的に職務執行の対価となるため、報酬決議として株主総会決議(会社法361条1項)が別途必要となる点には注意が必要です。

3.税制適格の要件を充たすためにも大切

ストックオプションは柔軟に設計することができますが、税制優遇措置を受けるためには租税特別措置法で定められた税制適格の要件を満たす必要があります。税制適格の要件を満たすか否かによって、税金がかかるタイミングや税率に以下のような差が生じます。

税金がかかるタイミング 税率
税制適格 株式売却(譲渡)時のみ 譲渡所得課税(20%)
税制非適格 二度課税される
・権利行使時
・株式売却(譲渡)時
・権利行使時:給与所得課税
最高で55%(住民税含む)
・株式売却時:譲渡所得課税(20%)

上記を簡単に説明します。ストックオプションは、株式を売却して利益を得るまでの流れとして①ストックオプション付与②ストックオプション行使(株式取得)③取得した株式売却、という順序をたどります。
取締役や従業員に対するストックオプションの付与(①)は、無償で行われるため、この時点では課税関係は発生しません(有償で発行されるケースもあり)。
ストックオプションの行使(②)により、行使者である取締役等は、自社の株式を取得します。もっとも、この時点では行使者である取締役等は、単に株式を取得したにすぎず、金銭を得ていないのです。にもかかわらず、税制非適格ストックオプションだと、ストックオプションの行使時、つまり株式の取得時において課税されてしまいます。しかも、給与所得として累進課税の対象となるため、報酬が高い取締役が税制非適格ストックオプションを行使した場合、最高で50%を超える税率(所得税と住民税)が課されることとなってしまいます。対して、税制適格ストックオプションであれば、ストックオプションの行使(②)時点では課税されず、具体的な金銭の取得がある株式売却時(③)で初めて課税されることになります。しかも、税制適格ストックオプションは、利益全額につき譲渡所得課税(給与所得課税より税率が低くなるケースがある)されるため、この点でも取締役等の税負担を減らすことができます。

このように税制適格の要件を満たすか否かによって大きな差が生じます。そのため、新株予約権割当契約書に税制適格の要件を満たすための規定を設けることが大切です。税制適格ストックオプションを発行するには、租税特別措置法等の関係法令の要件を満たす必要があります。したがって、税制適格ストックオプションを発行したい場合は、税理士や弁護士等の専門家の関与が必須です。

新株予約権割当契約書(付与契約書)の項目と留意点

新株予約権割当契約書で規定する項目のうち、得に重要な項目と留意点について説明します。

1.行使期間

会社法上、ストックオプションとしての新株予約権の行使期間の制限はありません。付与後にすぐに行使できる設計にすることも可能です。
もっとも、租税特別措置法上、税制適格の要件を充たすためには、ストックオプションの付与決議日から起算して2年~10年の8年間の期間に行う必要があります。したがって、税制適格ストックオプションとして発行するには、ストックオプションの内容及び新株予約権割当契約書において、権利行使期間として「付与決議日後、2年を経過してから10年経過日までの間」であることを明記する必要があります。

2.ベスティング

ストックオプションには、優秀な人材を長期的に確保するという目的もあります。権利行使期間になりストックオプションを行使できるタイミングにおいて、仮に従業員がそのすべてのストックオプションを行使できるとすれば、取得した株式をすべて売却して退職してしまうかもしれません。そうすると、せっかくストックオプションを発行してまで確保しようとした優秀な人材が権利行使により退職してしまい、ストックオプションの目的を十分に果たせないことになってしまいます。
そこで、権利行使期間であっても、付与されたストックオプションを一括して行使することはできないと定め、段階的にストックオプションを行使させることで、従業員の退職を防止することができます。例えば、権利行使期間の最初の1年間はストックオプションの20%までしか行使できない等、一定期間に行使可能な割合の上限を設けることができます。この制限をベスティングといいます。ベスティングは1年につき20%~25%程度を上限とし、4~5年経過後に100%行使可能とするのが一般的です。特にIPOを目指している非上場企業の場合は、権利行使条件を会社の株式上場とする場合が多いですが、ベスティングを定めてIPO直後のストックオプションの行使に制限をかけることにより、優秀な人材が一度に流出するというリスクを防止することができます。

3.権利喪失事由(消滅事由)

優秀な人材を長期的に確保することを目的としたストックオプションの場合、人材流出を防ぐためにも、退職すると権利行使ができないという条件を付けることが大切です。新株予約権割当契約書にも、権利喪失事由(消滅事由)として、退職によりストックオプションを喪失する旨を明記しておく必要があります。

4.譲渡制限

ストックオプションは新株予約権という性質上、原則として株式と同様に原則として第三者への譲渡が可能です。しかし、税制適格の要件を充たすためには他人への譲渡を禁止する必要があります。税制適格ストックオプションを発行する場合、新株予約権割当契約書にも譲渡制限の規定を設けて、第三者への譲渡を禁止する旨を明記する必要があります。

5.行使要件

前述のように、IPOを目指している非上場企業は、新株予約権割当契約書に行使要件として「上場するまで行使不可」と記載しているケースが多いです。もっとも、IPOではなくM&Aによって自社が大手企業の傘下に入る場合、付与を受けた従業員等がストックオプションを行使できない可能性があるため注意が必要です。IPOによるエグジットを目指すスタートアップ企業やベンチャー企業は多いですが、最近はIPOではなくM&Aによるエグジットを選択する企業も増えています。また、現時点ではIPOを目指していたとしても、将来、M&Aによる事業拡大戦略を実施する可能性もあります。したがって、IPOの場合のみならず、M&Aの際にも従業員が利益を得られるように、柔軟性を持たせたストックオプションの設計にすることが望ましいでしょう。従業員のインセンティブを確保する具体的な方法として、ストックオプションを行使して取得した株式をM&Aの相手方に売却できるとする方法、ストックオプションそれ自体をM&Aの相手方に売却できるとする方法、M&Aの相手方のストックオプションを付与してもらう方法などがあります。

契約者の種類と留意点

新株予約権割当契約書を締結する対象者は、取締役、従業員、外部協力者の3種類となります。それぞれの対象者と契約する際の留意点について説明します。

1.取締役

資金力に限界があるスタートアップ企業やベンチャー企業では、少数精鋭で事業を軌道に乗せる必要があります。そのため、企業の経営に深く関与する取締役に、優秀な人材を確保するためのストックオプション戦略は非常に重要です。日本のスタートアップ業界の成功事例として注目されているメルカリでは、会社の経営を担う役員に大量のストックオプションを付与していたそうです。
ただし、上場を目指すスタートアップ企業やベンチャー企業の場合、資本政策上、ストックオプションの発行は、上場時の発行済株式数の10%以内を目安にするのが望ましいと言われています。これは、ストックオプションが行使されると原則として新株が発行されることから、他の株主の議決権の希薄化が起こってしまうためです。また、権利行使価格は株価(時価)よりも低く設定されていることがほとんどなので、権利行使されると企業価値や株価に影響がでてしまうことも理由の一つです。
COO(最高執行責任者)、CFO(最高財務責任者)、CTO(最高技術責任者)などの重要なポジションの人材を取締役として迎える際、ストックオプションを要求されるケースも珍しくはありません。これらのポジションの人材を今後採用する予定がある場合は、ストックオプションの比率が高くなりすぎないよう計画的に進めることが大切です。

2.従業員

一般の従業員に対してストックオプションを付与する場合、従業員間で不公平感が生じないよう配慮する必要があります。公平性を保つために付与基準を明確に示すことが望ましいでしょう。
また、従業員が退職後にストックオプションの権利を主張してトラブルになるケースもあります。トラブルを防ぐためには、前述のとおり、新株予約権割当契約書に権利喪失事由(消滅事由)として、退職により新株予約権を喪失する旨を明記し、契約書を締結する際にも説明しておくことが大切です。

3.外部協力者

日本では、2001年の商法改正により、弁護士、税理士、公認会計士、技術者などの社外の専門家にもストックオプションを付与できるようになりました。また、2019年7月16日に施行された「中小企業の事業活動の継続に資するための中小企業等経営強化法等の一部を改正する法律」により、社外の専門家も税制適格ストックオプションの適用対象となりました。ただし、社外の専門家が無条件で税制適格の対象となるわけではなく、厳格な要件があります。将来的なトラブルを防ぐためにも、社外の専門家にストックオプションを付与する際は必ず事前に税制適格要件を充たすかを確認し、税理士や弁護士などの専門家に相談することが大切です。

信託型ストックオプションの場合の契約書

信託型ストックオプションとは、業績連動型のインセンティブ制度の一種で、会社が発行したストックオプションを、信託を通じて役員・従業員等に交付されるスキームです。信託型ストックオプションは、従来のストックオプションで指摘されていた不公平感などの問題点を解消した新しいタイプのストックオプションで、最近注目を集めています。
通常のストックオプションでは、付与時に対象となる従業員を確定させ、さらに付与されるストックオプションの数を決める必要があります。対して、信託型ストックオプションの場合、従来のストックオプションと違い、発行時に付与者と付与比率を決める必要がありません。後から実績や貢献度に応じてストックオプションを付与できるため、よりインセンティブとしての効果を高めることができます。

また、信託型ストックオプションは、発行時に付与者が決まっていないため、発行時に付与者との間で新株予約権割当契約書を締結する必要はありません。信託型ストックオプションの基本的な流れは以下のとおりとなります。

  1. 委託者(企業側)と受託者(信託銀行等の信託先)との間で信託契約を締結します。
  2. 信託契約に基づき、委託者から受託者に信託財産を移転します。
  3. 信託期間満了時までの間、受託者は信託契約に従って財産を管理します。
    この間、従業員や役員には、実績や貢献度に応じて、将来ストックオプションと交換ができるポイントが付与されます。
  4. 信託期間満了時に所持しているポイントに基づいて従業員や役員にストックオプションが配分されます。

信託型ストックオプションには様々な種類があり、具体的な手続の流れや必要な契約は異なりますので、事前にしっかり確認しておきましょう。

契約書の雛形を利用する際の注意点

ストックオプションを付与する際に必要な契約書の雛形(テンプレート)やサンプルをネット上で探して流用したいという方もいらっしゃるかもしれません。たしかに、「ストックオプション 契約書 雛形」などのキーワードで検索すると、無料で利用できる新株予約権割当契約書の雛形が見つかります。しかし、ネット上で公開されている契約書は税制適格の要件を充たす内容になっているとは限らないため注意が必要です。前述した通り、税制適格の要件を満たすか否かで、税金がかかるタイミングや税率に大きな差が生じるので、無償ストックオプションの場合は必ず税制適格の要件を充たす内容であるか否かを確認しましょう。
また、雛形を流用する際は自社の目的に合わせて必要な条項を加える必要があります。例えば、上場を目指す企業の場合、優秀な人材が上場後に株式を全部売却して退職するというリスクを回避するために前述のベスティングの条項を設けることが大切です。ストックオプションを導入する目的は企業ごとに異なり、留意するべきポイントも当然異なりますので、雛形を流用する際は十分に内容を確認しましょう。

契約書チェック等の相談先

ネット上で見つけた新株予約権割当契約書の雛形を元に、自社の目的に合わせてアレンジしたいけれど、どのように修正していいかわからないという方もいらっしゃるかと思います。ストックオプションの設計や内容、付与契約書に不備があると、税制優遇措置を受けられない等の問題やインセンティブとして機能しない等の問題が発生する可能性もありますので、税理士や弁護士などの専門家からアドバイスを受けることが大切です。専門家に相談することで、税制適格要件を確実に充たし、中長期的な企業価値の向上に貢献するストックオプションの設計と新株予約権割当契約書の作成が可能になります。
ストックオプションの設計や新株予約権割当契約書に関する相談先を選ぶ際は、ストックオプションの実務経験を豊富に持つ専門家を慎重に選ぶことをおすすめします。

まとめ

今回は、ストックオプション付与時に締結する新株予約権割当契約書の役割、契約書の項目、契約者の種類、雛形を利用する際の注意点、リーガルチェック等の相談先について解説しました。

ストックオプションの設計から実務的な手続までを問題なく進めるためには、経営、法律、会計、税務の専門知識が必要となりますので、ストックオプションに精通した専門家のサポートを受けながら進めることが望ましいでしょう。

東京スタートアップ法律事務所は、各企業の状況やニーズに合わせたストックオプション設計・導入について法律面・会計面・経営面からサポートを行っております。ストックオプションに関する相談事がございましたら、ぜひお気軽にご連絡ください。

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執筆者 弁護士後藤 亜由夢 東京弁護士会 登録番号57923
2007年早稲田大学卒業、公認会計士試験合格、有限責任監査法人トーマツ入所。2017年司法試験合格。2018年弁護士登録。監査法人での経験(会計・内部統制等)を生かしてベンチャー支援に取り組んでいる。
得意分野
企業法務、会計・内部統制コンサルティングなど
プロフィール
青森県出身 早稲田大学商学部 卒業 公認会計士試験 合格 有限責任監査法人トーマツ 入所 早稲田大学大学院法務研究科 修了 司法試験 合格(租税法選択) 都内法律事務所 入所 東京スタートアップ法律事務所 入所
書籍・論文
『スタートアップの法務ガイド』中央経済社
『スタートアップの人事労務ガイド』中央経済社