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更新日: 投稿日: 弁護士 宮地 政和

人件費削減に関する法律上の注意点・違法性の判断基準を解説

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新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて経営状況が悪化する企業が急増する中、人件費削減策を模索する企業も増えています。固定費の中でも大きな割合を締める人件費を削減することは、資金繰り改善策として大きな効果が期待できます。
他方で、安易な人員削減は、労使間トラブルに発展するリスクを伴うため、慎重な検討が求められます。

そこで、今回は、人員削減に関する法的リスクについて説明した上で、人員削減以外の人件費削減策や、人件費の削減が企業に及ぼす悪影響と注意点等について解説します。

【解説動画】TSL代表弁護士、中川が人件費削減に関する法律上の注意点について解説

人員削減に関する法的リスク

企業等の組織に所属する人員を減らすことは、給料、ボーナス、各種手当等の人件費を削減することに直結するため、経費削減という点では経営者にとって魅力的な手段の一つといえます。
しかし、人員削減の対象となる従業員からすれば、これによって生活の糧を奪われるため、労使間トラブルに発展するケースも少なくありません。
そこで、以下では、このような人員削減に関する法的リスクについて説明します。

1.非正規雇用従業員の雇い止め

新型コロナウイルス感染拡大の影響によって景気後退が進む中、派遣社員、パート職員等の非正規雇用の従業員が雇止めされるケースが急増しています。雇止めとは、期間の定めのある有期契約社員の契約期間満了時に、会社が契約を更新することなく雇用を打ち切ることをいいます。こうした雇止めを行うことは、会社の判断で自由にできるようにも思われるかもしれませんが、実際は、以下のいずれかに該当する場合には雇止めは認められません(労働契約法第19条)。

  • 有期労働契約が反復して更新されていて、雇止めが解雇と同視できる場合
  • 契約期間満了時に有期労働契約が更新されるものと期待することに合理的な理由が認められる場合

雇止めされる従業員の勤務実態が正規雇用の従業員と実質的に同様である場合、法的紛争に発展した際に雇止めは無効と判断され、未払賃金の支払い等を求められる可能性が高いため注意が必要です。
雇止めの違法性の判断基準や注意点などについて詳しく知りたい方は、こちらの記事を参考にしていただければと思います。

2.希望退職者の募集

人員削減の手段として、会社側が退職金の割増等の有利な退職条件を提示して退職希望者を募集するといった方法も多くみられます。この方法は、自ら退職を希望する従業員のみが退職するため、労使間トラブルが発生する可能性が低いというメリットがあります。
ただし、応募条件を設けずに希望退職者を募集すると、優秀な従業員が率先して応募する傾向があるため注意が必要です。こうした事態を回避するためには、所属部署、年齢等に一定の条件を設けることが考えられます。しかし、特定の部署の管理職以上などと狭い範囲に限定すると、特定の従業員を退職に追い込むための施策だと疑われる可能性もあるため注意が必要です。
なお、希望退職募集制度について詳しく知りたい方はこちらの記事を参考にしていただければと思います。

3.退職勧奨

希望退職者を募集しても、想定していたほど応募がない場合、特定の従業員に対して退職勧奨が行われることがあります。退職勧奨とは、会社が辞めてほしい従業員に対して退職を促すことをいいます。退職勧奨によって従業員を退職させるためには、退職について、対象となる従業員の同意を得る必要があります
このような退職勧奨自体は違法行為ではありません。ただし、会社としては問題がないと考えていた退職勧奨が、実際は違法な退職強要にあたると事後的に判断されるケースも少なくないため注意が必要です。例えば、退職勧奨の面談で、退職に同意しない従業員に対して、本人が希望しない部署への異動をほのめかす等、心理的に追い詰めた場合、強制的に退職を強いる退職強要と評価され、退職の同意が無効と判断される可能性もあります。そのため、退職勧奨の手続きは十分に準備をした上で慎重に進める必要があります。
なお、退職勧奨の進め方や実施時の注意点について詳しく知りたい方はこちらの記事を参考にしていただければと思います。

4.整理解雇

希望退職者の募集や退職勧奨を行っても、目標とする人員削減が実現できない場合、最後の手段となるのが整理解雇です。整理解雇は、法律上は普通解雇に分類され、客観的に合理的な理由または社会通念上の相当性を欠く場合は解雇権の濫用とみなされ、無効となります(労働契約法第16条)。そして、整理解雇の有効性は、以下の4つの要件にて判断されます。

①人員削減の必要性

整理解雇を行う際は、経営上、人員削減の必要性が認められることが求められます。
人員削減の必要性については、会社の存続に関わる場合に限らず、経営危機に陥っているような場合にも認められる傾向にあります。
他方で、会社の財務状況の見積りが不正確であった場合や、人員削減の決定後間もなく多数の新規採用を行う等、人員削減と矛盾する行動がみられる場合には、必要性が否定される可能性があります(大阪高判平成23年7月15日)。

②解雇回避努力を尽くしたこと

整理解雇を行う場合、これに先立って、役員報酬の減額や新規採用の停止、配置転換等、他の手段により解雇を回避する努力を尽くすことが求められます。これらの努力を行わず、整理解雇に踏み切った場合は、解雇権の濫用とみなされ、解雇は無効と判断される可能性があります(東京地判平成24年2月29日)。

③解雇者選定の妥当性

解雇する従業員の選定は、客観的かつ合理的な基準に基づいて行う必要があります。例えば、欠勤日数、遅刻回数、命令違反歴等の勤務成績や、勤続年数などの基準が用いられることが通常です。なお、女性のみを解雇の対象とすることや、解雇の対象となる年齢に男女差を設けること等、性別のみに着目して差別的な取り扱いをすることは認められません。

④手続の妥当性

整理解雇を行う場合、これに先立って、解雇の必要性や時期等について従業員が納得できるまで十分に説明し、協議する必要があります。事前の説明や協議を怠った場合、手続の相当性を欠くものとして、整理解雇は無効と判断される可能性があります。

人員削減以外の人件費削減策と法的リスク

このように、人員削減には大きな経費削減の効果が期待できるものの、一定の法的なリスクが付き物となります。
人員削減以外に人件費を削減する方法としては、以下のような方法が考えられます。

1.賃金カット

賃金カットは、人員削減に次いで、人件費削減の効果が高い方法といえます。
ただし、賃金カットは、労働条件の重大な不利益変更に該当するため、原則として労働者側の同意が求められます(労働契約法第8条)。さらに、その際の同意は、労働者の自由な意思に基づいてされたものと認められる必要があります(最判平成28年2月19日)。例えば、従業員を会議室に呼び出し、経営陣が取り囲んで「今この場で賃金カットの同意書にサインしてほしい」などと伝えて強制的にサインをさせた場合、労働者の自由な意思に基づく合意があったとは認められません。
賃金カットは、従業員にとってみれば受け入れ難いことなので、労使間トラブルを回避するためにも、会社の経営状態や財務状況について客観的な資料に基づいた説明を行い、理解を得るための努力を尽くすことが大切です。
業績悪化による減給の法的リスクや注意点などについて詳しく知りたい方は、こちらの記事を参考にしていただければと思います。

2.限定正社員制度の導入

人件費を削減するために、限定正社員制度を導入することも考えられます。限定正社員とは、勤務地・勤務時間・業務範囲(職務)が限定されている正社員のことです。短時間勤務を希望する従業員のみ勤務時間を短縮して、その分の基本給を減額することにより、人件費を削減することが可能です。
「基本給が減額されることを前提とした短時間勤務を希望する従業員なんているのだろうか?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、育児や介護と仕事を無理なく両立したい、プライベートを充実させたい等の理由から、フルタイムではなく週3~4日、1日4~7時間のみの勤務など、フレキシブルな働き方を希望する労働者は増えているといわれています。そして、限定正社員制度は、希望者のみを対象とする施策なので、労使間トラブル発生のリスクを最小限に抑えることができるというメリットもあります。
ただし、給与に差を設ける場合は、一般の正社員と限定正社員の勤務条件の差と給与の差が合理的な範囲内であることが求められます。また、就業規則に必要な規定を追加する必要があるという点にも注意が必要です。
限定正社員について詳しく知りたい方は、こちらの記事を参考にしていただければと思います。

3.配置転換

配置転換を行うことによって、不採算部門や管理部門の余剰人員等にかかる人件費を削減し、収益性の向上を図ることも考えられます。新たに収益が見込める事業を開始する際、既存の部署に所属する適性のある人材を配置すれば、新しい人材を雇用するためのコストを節約できます。
就業規則や雇用契約書等に配置転換命令権に関する規定が設けられている場合、従業員は、原則として配置転換命令に従わなければなりません。ただし、配置転換に関する法的な紛争が生じた場合、権利濫用による配置転換命令は無効と判断される場合もあるため注意が必要です。
配置転換命令が違法と判断される基準などについては、こちらの記事にまとめましたので、詳しく知りたい方は参考にしていただければと思います。

人件費削減が企業に及ぼす悪影響

人件費は、企業の経費の中で大きな比率を占めることが多いため、人件費を削減できれば大きな経費削減が期待できます。他方で、人件費の削減は、企業に以下のような悪影響を及ぼす可能性がある点には十分留意が必要です。

1.従業員のモチベーションの低下

整理解雇、希望退職者の募集、退職勧奨等により、従業員が次々退職した場合、残された従業員のモチベーションが下がる可能性が高いといえます。「うちの会社、業績が下がっているのは知っていたけど、いよいよ危ないのかもしれない。」などと不安になり、転職活動を始める従業員が増えるかもしれません。賃金カットを行った場合も、待遇への不満から転職を考える従業員が増えることが想定されます。
優秀な従業員が次々と転職することによって慢性的な人手不足が続き、残された従業員はどんどん疲弊して生産性が下がるという悪循環に陥り、経営陣の予測を超える企業体力の低下を招くおそれもあります。

2.企業イメージの悪化

近年、SNSやインターネットの普及により、従業員が発信した会社の悪評が瞬時に広まることも珍しくはありません。インターネット上に「この会社は社員を大切にしない会社です。」「従業員を使い捨てにするブラック企業なので要注意。」などと投稿され、会社名で検索した際に検索結果で上位表示されてしまうと、企業イメージが悪くなり、採用活動に支障が出るだけではなく、企業の信用低下や顧客離れを誘発する可能性もあるため注意が必要です。

人件費削減によるこのような悪影響を最低限に抑えるためには、経営陣が、全従業員に対して、人件費削減が必要な理由や長期的な目標等の将来的なビジョンを明確に示し、従業員とビジョンを共有する努力を尽くすことが大切です。

まとめ

今回は、人員削減による人件費削減策の法的リスク、人員削減以外の人件費削減策、人件費削減が企業に及ぼす悪影響と注意点などについて解説しました。

固定費の中でも大きなウエイトを占める人件費の削減は、収益性の向上に大きな効果を発揮しますが、解雇の対象となった従業員が退職後に訴訟を起こす等のトラブルに発展するリスクもあるため、法的リスクに十分配慮した慎重な検討が求められます。

東京スタートアップ法律事務所では、法務・経営・会計のスペシャリストが、ノウハウを結集して、企業の業績悪化時の人件費削減に伴う労使間トラブルの予防策、経営再建を目的とした施策の立案等のサポートに全力で取り組んでおります。お電話やオンライン会議システムによるご相談も受け付けておりますので、お気軽にご相談いただければと思います。

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執筆者 弁護士宮地 政和 第二東京弁護士会 登録番号48945
弁護士登録後、都内の法律事務所に所属し、主にマレーシアやインドネシアにおける日系企業をサポート。その後、大手信販会社や金融機関に所属し、信販・クレジットカード・リース等の業務に関する法務や国内外の子会社を含む組織全体のコンプライアンス関連の業務、発電事業のプロジェクトファイナンスに関する業務を経験している。
得意分野
企業法務・コンプライアンス関連、クレジットやリース取引、特定商取引に関するトラブルなど
プロフィール
岡山大学法学部 卒業 明治大学法科大学院 修了 弁護士登録 都内の法律事務所に所属 大手信販会社にて社内弁護士として執務 大手金融機関にて社内弁護士として執務
書籍・論文
『スタートアップの法務ガイド』中央経済社
『スタートアップの人事労務ガイド』中央経済社