その他CATEGORY
その他
更新日: 投稿日: TSL

競合他社による引き抜きは違法?同業他社への転職を阻止する施策も解説

競合他社による引き抜きは違法?同業他社への転職を阻止する施策も解説
東京スタートアップ法律事務所は
全国20拠点以上!安心の全国対応

優秀な従業員を抱える企業は、常に同業他社からの引き抜きのリスクにさらされています。引き抜きの結果、会社の機密情報が流出する、大口の顧客を奪われるなど企業活動に重大な支障が生じるおそれがあるため、リスクマネジメントの観点から適切な対策を講じておくことが望ましいでしょう。

今回は、従業員の引き抜きという不測の事態に直面した際の適切な対処法や予防策について知りたいという方を対象として、同業他社による引き抜きが起きる原因、引き抜きのパターン、違法性が認められるための要件、引き抜きを阻止するための対策などについて解説します。

引き抜きの3つのパターン

引き抜きとは、会社Aに所属するXに対して、より好条件の待遇を提示し、会社Bの従業員または役員として転職することを促す行為です。(本記事では、便宜上引き抜きをされた人物をX、引き抜きをした人物をY、従業員の引き抜きを受けた企業を被害企業A社、引き抜いた従業員を引受けた企業を加害企業B社とします。)
引き抜きには主に以下の3つのパターンがあります。

1.加害企業に在職中の従業員が同僚Xを引き抜き

在職中の従業員Yが同僚のXに対して「いつまでもこんな落ち目の会社にいちゃダメだ。オレの友人が勢いのある競合他社で幹部として働いているから、一緒にその会社に行こう」などと声をかけて、同じ会社に転職するように誘うパターンです。

2.退職した従業員が元同僚を引き抜き

A社を退職して競合となるB社を起業したYが、元同僚であるXに好条件の待遇を提示し、「今の会社より高い給料を支払うから、一緒に会社を成長させてほしい。」などと頼み、引き抜くパターンです。

3.競合他社による引き抜き(ヘッドハンティング)

A社と競合するB社の役員が、A社の優秀な人材をヘッドハンティングするよう部下に指示するパターンと、ヘッドハンティング会社を介して引き抜きを行うパターンがあります。

引き抜きが起きる原因

引き抜きが起きる背景には、主に以下の2つの理由があります。

1.効率よく優秀な人材を確保できる

高度なスキルや豊富な経験によって業績が左右される業種の場合、人材確保には高いコストを要します。引き抜きにより優秀な人材を自社に引き入れることで、社員教育などにかかるコストを抑えて、即戦力となる人材を効率よく確保できます。

2.起業時の経験・ノウハウ不足を容易に補える

独立・起業したばかりの企業では、創業者やスタッフに十分な経験やノウハウがないこともあるでしょう。そのような場合、あらかじめ特定の業界や職種において豊富な経験と実績を持つ人物に声を掛け、引き抜きを行うことにより、経験やノウハウを容易に補うことが可能になります。

引き抜きは違法と判断されにくい?

引き抜き行為は、被害を受けた企業の立場からすると、企業活動を妨害される行為に等しいと言えます。しかし、引き抜き行為は一般的に違法と判断されにくい傾向があります。その理由について説明します。

1.労働者には職業選択の自由がある

日本国憲法では、職業選択の自由が保障されています(憲法第21条1項)。つまり、どのような仕事や職場を選ぶかは本人の自由であり、引き抜きに応じるか否かを決めることも本人が自由に選択できるのです。そのため、競合他社が引き抜きを行うこともまた、職業選択をサポートする行為に過ぎないとの解釈が成り立つ可能性があります。

2.労働者の誠実義務や競業避止義務は絶対的な義務ではない

全ての労働者は、信義に従い、誠実に権利を行使し、義務を履行すべしとする誠実義務を負っています(労働契約法3条4項)。そして、この誠実義務から、使用者の利益に著しく反する競合行為を差し控えるべきという競業避止義務が導かれています。

しかし、誠実義務や競業避止義務は、どんな場合でも必ず守らなければいけないという絶対的な義務ではありません。引き抜きをしたり、引き抜きに応じたりする行為も、正当な経済活動の範囲で職業選択の自由の保障を受けるからです。

3.引き抜きはヘッドハンティングという形で日常的に行われている

他社の優秀なスタッフをスカウトするヘッドハンティングは決して珍しくありません。一昔前は主に外資系企業が活用していましたが、最近は企業活動の国際化や人材市場の流動化に伴い、日本企業でも大企業を中心にヘッドハンティングを活用する企業が増えています。

人材獲得の手段としてヘッドハンティングが一般的となった現在、引き抜きはどの企業でも利用する機会がある人材確保の手段です。したがって、引き抜きをされたからといって、ただちに違法だとは主張しにくい状況となっています。

引き抜きが違法となる基準

あらゆる引き抜き行為を違法としてしまうと、企業および個人の経済活動が著しく停滞します。そのため、引き抜きの違法性が争われた裁判では、引き抜きの態様や発生した損害を慎重に比較検討し、違法性の有無や程度を判断するのが通例です。
具体的にどのような場合に引き抜きが違法と認定されるのか、裁判で示された実務の考え方をもとに説明します。

1.在職中の従業員が同僚を競合他社に引き抜きした場合

在職中の従業員は、労働契約の付随義務として、会社に対して誠実義務および競業避止義務を負っているのが通常です。したがって、従業員Yが同僚Xに対して、競合他社への転職を勧誘して転職が実行された場合、YとXの双方が誠実義務および競業避止義務違反を問われる可能性があります。ただし、このケースが違法と判断されるためには、職業選択の自由との兼ね合いから、ある程度の規模で引き抜きが行われ、経営に悪影響が及んだこと等が条件となります。

このケースの有名な裁判例として、営業本部長として勤務していた人物が24名の部下を引き連れて転職したという事件(東京地方裁判所平成3年2月25日判決)があります。この事件は、英会話教室を経営するA社で多大な業績を誇っていた営業本部長Xが、部下の営業マン24名を引き連れて、事前の退職予告をすることもなく、内密に競合B社へ一斉転職したという事案です。
判決では、大量の部下を引き抜いて転職したXの行為は背信性が高く、A社に対する誠実義務に違反する行為と判断され、損害賠償責任が認められました。この判決の背後には、単なる勧誘を超える社会的相当性を逸脱した引き抜き行為は、誠実義務や競業避止義務に違反し、民法第709条の不法行為に該当するとの考え方があります。

2.退職した従業員が元同僚を引き抜きした場合

退職した従業員による引き抜きで注意が必要なのは、退職している以上、労働契約に基づく誠実義務および競業避止義務は適用できないという点です。(労働契約の内容によっては、退職後も一定期間、競業避止義務等が継続する場合がありますので、ご注意ください。)誠実義務や競業避止義務が適用できない以上、引き抜きは原則として合法となります。

ただし、前述した事件が示した社会的相当性の考え方は、退職後に引き抜きが行われたケースでも通用します。労働者派遣会社Aの元従業員だったXらが、在職中だけでなく退職後も元同僚を勧誘しつづけ、競合他社Bに大量に引き抜いた事件では、退職後だとしても、引き抜き行為の態様が社会的相当性を逸脱している場合は、不法行為による損害賠償責任を負うと判断されました(東京地方裁判所平成14年9月11日判決)。

本事件の判決で裁判所は、社会的相当性を逸脱するかどうかを判断する際に考慮すべき要因として以下の4つの基準を示しました。

①引き抜かれた従業員の社内における地位

引き抜きの対象が営業本部長や人事部長など社内で重要な役職についている人物の場合、会社は大きな損害を被るおそれがあるため、社会的相当性を逸脱した行為と判断される可能性が高くなります。

②引き抜かれた従業員の人数

会社の規模等にもよりますが、同じ部署内に所属する従業員の過半数を同時に引き抜く等のケースでは、会社の業務が滞る可能性が高く、社会的相当性を逸脱した行為と判断される可能性が高いと考えられます。

③引き抜き行為が会社に及ぼした影響の程度

引き抜かれた従業員の社内での地位が低く、人数が少ない場合でも、引き抜き行為によって会社が実際に大きな損害を被った場合、社会的相当性を逸脱した行為と判断される可能性があります。

④引き抜きの態様等

「この会社は倒産寸前だから、別の会社に一緒に転職しよう」などと虚偽の情報を伝える、引き抜きを受け入れた従業員に金銭を与えるなど、悪質性な手段を用いて引き抜きをした場合は、社会的相当性を逸脱したと判断される可能性が高いです。

3.競合他社が引き抜き(ヘッドハンティング)した場合

前述した事件では、直接引き抜きを行った営業本部長と共に、引き抜き計画を画策した競合B社も損害賠償責任を負うと判断されました。このように、競合他社が引き抜きを主導した場合、実際に引き抜きを行う人物とは別に、法人にも不法行為責任が発生する可能性があります。

法人が不法行為責任に問われるケースには、社外の人物を利用して不法行為を行う場合と、自社の社員を利用して不法行為を行う場合の2通りがあります。

前者の場合、法人の代表者が不法行為を行ったものとみなされ、法人自体が損害賠償責任を負います(一般法人法第78条、会社法第350条、第600条)。後者の場合、不法行為を直接行ったのは労働者(被用者)であるため、法人自体の不法行為は、使用者責任規定(民法第715条1項)によって導かれます。

引き抜きの被害に対する責任追及

実際に引き抜き行為が実行された後、被害を受けた企業は加害者側に対してどのような責任を追求することができるのでしょうか。被害者側の企業が加害者に対して追求できる責任について説明します。

1.損害賠償請求

引き抜き行為が違法であると判断された場合、その違法行為によって生じた損害に対する賠償請求が可能です(民法第415条1項、第709条)。また、前述した通り、引き抜きが個人の裁量で行われたにとどまらず、競合他社が主導していた場合には、引き抜きを行った当事者だけでなく、経営者に対しても使用者責任(民法第715条)を追求できます。

2.差止請求

引き抜きの結果、競合B社に転職したA社元従業員が、A社在職中に知った営業秘密を利用してB社で業務を行っている場合は、不正競争防止法による差止請求を行うことが可能です(同法第3条)。また、営業秘密を利用されたことにより、会社に損害が生じている場合、民事責任を追及できる可能性もあります。

3.退職金返還請求

就業規則等で競業避止義務を明文化した上で、「競業行為が発覚した場合は退職金の一部または全部を支給しない」旨を定めている場合、引き抜き行為を理由とした退職金の返還請求が認められる可能性があります。退職金は労働に対する対価であると同時に功労報酬的な性格を有するとされているからです。

ただし、退職金を全額返還させるような強い請求を行う場合、単に就業規則等に明文化しているだけでは足りず、引き抜き行為の態様が悪質で、会社に著しい損害を与えたなど、重大な背信性が認められる必要があります。

引き抜きの予防策

引き抜きを完全に防ぐことは困難ですが、発生の確率を下げることは可能です。引き抜きを予防するための主な施策について説明します。

1.競業避止義務の内容として明文化する

雇用契約書や就業規則に、競業避止義務の具体例として「引き抜き行為の禁止」を明記することは、引き抜きの有効な予防策の一つです。本来、競業避止義務は、労働契約に付随する誠実義務から導かれる不文律ですが、雇用契約書や就業規則に明文化することは従業員に認識させることにつながります。

ただし、前述した通り、競業避止義務は絶対的な義務ではありません。そのため、過去の裁判でも、競業を禁止する業務・期間・地域の範囲や使用者による代償措置の有無などを検討した結果、労働者の職業選択の自由を不当に害すると認められる場合には、公序良俗に反し無効となると判断されています(東京地方裁判所平成16年9月22日決定)。

2.競業避止義務違反を懲戒事由として明文化する

引き抜き行為を阻止するためには、就業規則等に競業避止義務として明文化しただけでは不十分です。同義務違反が懲戒事由に該当する旨を明文化することにより、実効性を持たせることが期待できます。

ただし、引き抜き行為を理由に懲戒処分を科すためには、以下の3つの要件を満たす必要があります(労働契約法第15条)。

  • 懲戒事由と処分の種類を就業規則等に明記している
  • 引き抜き行為が懲戒事由に該当する旨を就業規則等に明記している
  • 引き抜き行為の内容に照らしたとき、懲戒処分に客観的に合理的な理由があり、処分内容が社会通念上相当である

ポイントは、社会通念上の相当性です。これは前述した通り、引き抜きの違法性を判断した裁判例でも基準となっています。

3.内容の理解と書面への署名

就業規則等が十分に整備されていても、従業員が内容を理解していないと、抑止効果は期待できません。従業員の自由意思を規律し、引き抜き行為を阻止するためには、就業規則等を明示して内容を説明して十分理解してもらった上で、署名を求めることが効果的です。

まとめ

今回は、従業員の引き抜きという不測の事態に直面した際の適切な対処法について知りたいという方を対象として、同業他社による引き抜きが起きる原因、引き抜きのパターン、違法性が認められるための要件、引き抜きを阻止するための対策などについて解説しました。

引き抜きを阻止するために、就業規則に厳格な競業避止義務を定める必要があるとお考えの方もいらっしゃるかもしれませんが、引き抜き行為の態様に照らして懲戒処分が重すぎる場合は、就業規則等の規定自体が無効となる可能性もあるため注意が必要です。競業避止義務を明文化する際は、従業員の権利を不当に制限していないか等、慎重に検討しましょう。

東京スタートアップ法律事務所では、企業法務のスペシャリストとして、様々な企業の状況や方針に合わせたサポートを提供させていただいております。競合他社への引き抜き防止のための就業規則や雇用契約書の見直し、元従業員の競業避止義務違反が発覚した場合の対応などもサポートしておりますので、お気軽にご相談いただければと思います。

画像準備中
執筆者 -TSL -
東京スタートアップ法律事務所