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更新日: 投稿日: 弁護士 高島 宏彰

競業禁止(競業避止義務)を契約書や誓約書で定める方法と注意点

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元従業員が退職後にライバル会社に転職したことが発覚した際、企業が元従業員を競業避止義務違反で訴える場合があります。企業が、元従業員の同業他社への転職や自社独自のノウハウを流用した開業をできるかぎり阻止・禁止したいと考えるのは、自社の利益を守るために当然のことです。しかし、退職後の競業避止義務は憲法で保障されている職業選択の自由を制約することになる面もあります。

そこで、企業が就業規則や契約書で定める競業避止義務を法的に有効にするためにはどのような点に注意すればよいのでしょうか?

今回は、競業避止義務の定義、就業規則内の競業避止義務の規定、契約書・誓約書による競業禁止の有効性、退職後の競業禁止の期間や職業選択の自由との関係、競業避止義務に関する裁判例などについて解説します。

競業避止義務とは

競業避止義務とは、企業で働く者が在職中に知り得た営業秘密や独自の技術などの知的財産を流用して同様の事業を自ら営んだり、競業する事業を営む会社に転職したりするなどの、一定の事業について企業に不利益をもたらす競争的な性質の活動を控えなければいけない義務を意味します。ここでいう営業秘密は不正競争防止法上の営業秘密、すなわち、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの(同法2条6項)に限定されず、企業が独自に開発した手法、交渉術、人脈なども含まれます
競業避止義務は、在籍中だけではなく退職後一定の期間、同業他社への転職や同様の事業を営む会社を立ち上げることを禁じる内容を含む場合があります。

取締役の競業避止義務

取締役には一般社員と異なり、法律上競業避止義務が規定されています。取締役の競業避止義務について説明します。

1.取締役は会社法で競業が制限されている

取締役は、会社法により、取締役在任中、自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするときは、取締役会設置会社以外においては、当該取引につき重要な事実を開示し、株主総会の承認を受けなければならず(会社法356条1項1号)、取締役会設置会社においては、同様に、当該取引について重要な事実を開示し、取締役会の承認を受けなければならないとされています(同法第365条1項)。この義務に違反し、当該取引によって会社に損害が生じた場合には、取締役は会社に対し損害賠償責任を負うことになります(会社法423条1項、2項)。

2.取締役の退職後の競業避止義務

取締役在任中は、会社法による競業避止義務が課されますが、退任後はこの義務を負うことはありません。取締役といえども、退任後は、憲法で保障された職業選択の自由あるいは営業の自由が認められるため、原則として、自由に転職することが可能です。しかし、元取締役が同業他社に転職したり、退任した企業とライバル関係になるような会社を立ち上げたりすると企業は不利益を被る可能性があります。そのため、会社としては、取締役が退任する際、退任後も競業避止義務を負うとする契約を結ぶ必要があります

従業員の競業避止義務

会社と委任関係にある取締役とは違い、会社と雇用関係にある従業員には法律上競業避止義務は課されていません。しかし、従業員だからといって競業避止義務がまったく課されないわけではありません。一般社員の競業避止義務について説明します。

1.一般社員の競業避止義務

一般的に従業員は労働契約の付随義務として競業避止義務を負うと考えられているため、在職中は、役職に関わらず全従業員に対して競業避止義務を課すことは特に問題ないでしょう。ただし、退職後は、一般社員の場合、所属部署にもよりますが、管理職とは違い、社内の営業秘密や重要な技術情報に触れる機会がほとんどない場合もあります。競業避止義務は、企業側に保護すべき利益があることが前提になるため、必要以上に厳しい競業避止義務を課すと無効とみなされる可能性があります。役職がつかない一般社員に対しても一律に管理職と同レベルの厳しい競業避止義務を課している会社もありますが、役職や職務内容によって営業秘密が漏洩するリスクは大きく異なるため、競業避止義務の程度も役職や職務内容に応じて適切に設定することが求められます。退職後に合理性が認められない厳しい競業避止義務を課した場合、憲法で保障されている職業選択の自由を不当に奪うことになりかねないため注意が必要です(職業選択の自由と競業避止義務の関係については後ほど詳しく説明します。)

2.管理職の退職後の競業避止義務

従業員の中でも社内での地位が高い管理職クラスの社員は、職務上、企業の競争力に直結する営業戦略や独自の技術情報などの知的財産といった会社の営業秘密に触れる機会が多くなります。また重要な顧客情報や取引先に関する情報にアクセスする権限を持っている場合も多いでしょう。営業部長、マーケティング部長、人事部長などの重要なポジションにいる社員がヘッドハンティングで好条件を提示されて競合他社に転職する場合、企業が所有する重要な営業秘密が転職先の競合他社に漏れてしまう可能性が高くなります。そのようなリスクを避けるために、企業側としては、管理職に対して在職中だけではなく退職後も競業避止義務を課す内容の契約を結んでおきたいところです。

就業規則内の競業禁止規定

従業員は、労働契約上、誠実に労務を提供する義務を負うため、在職中は、労働契約の付随義務として競業避止義務を当然に負うと考えられています。そのため、雇用契約書や就業規則で在職中は競業避止義務を負うことを特段定めていなくても、労働契約が成立すれば、競業避止義務を負うことになります。しかし、実務上は、就業規則で競業禁止の規定を設けている企業は多いといえます。

1. 競業避止義務の例文

経済産業省が公開している『競業避止義務契約の有効性について』では以下のような競業禁止規定が例文として記載されています。

“従業員は在職中及び退職後 6ヶ月間、会社と競合する他社に就職及び競合する事業を営むことを禁止する。ただし、会社が従業員と個別に競業避止義務について契約を締結した場合には、当該契約によるものとする。“

前述した通り、競業避止義務の程度は役職や職務内容に応じて適切に設定する必要があるため、上記の例文のように就業規則内に原則規定を設けた上で、但し書として個別契約の規定を優先して適用する旨を記載すると、個別に対応ができて良いでしょう。

2.在職中の副業に対する競業避止義務規定

以前は、厚生労働省が公開していた事業主向けの「モデル就業規則」の中に「会社の許可なしに他の会社の業務に従事すること」を禁止する規定が設けられていたため、多くの会社では、就業規則に従業員の遵守事項として副業を禁止する規定が盛り込まれていました。
しかし、2017年3月に政府が発表した「働き方改革実行計画」の内容には、副業や兼業の普及促進が含まれています。働き方改革に伴い、「モデル就業規則」も改定され、現在は、原則として副業や兼業を認める方針となりました。ただし、従業員が自社で培った技術やノウハウを活用して同業種で副業や兼業をしたいと望むケースが多いことが想定されます。そのため、就業規則内で副業や兼業を認める条件として「当社の事業との利益相反がないこと」などと明記しておくことが大切になります

退職後の競業禁止の有効期間と職業選択の自由

退職後の元従業員に対する競業禁止は、憲法で保障された職業選択の自由を制限することにもなるため、裁判で争われるケースも多々あります。退職後の競業禁止と職業選択の自由との関係について解説します。

1.原則として転職は個人の自由

職業選択の自由は日本国憲法第22条で定められた日本国民の基本的人権の一つです。在職中の従業員は、労働契約の付随義務として競業避止義務を負うと考えられていますが、労働契約終了後は当然に競業避止義務を負うことにはなりません。したがって、原則として、退職後の転職先は個人が自由に決めることが可能ということになります。つまり、退職後の競業避止義務は、在職中よりも制限的に解され、必要最小限の範囲内でしか認められないことになります。

職業選択の自由は一般に経済的自由権に分類され、表現の自由といった精神的自由権よりも一定の制約に服する権利と考えられていますが、職業選択の自由は、生活するための収入を得る手段を選択するだけでなく、「各人が自己のもつ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連性を有するもの」(薬事法違憲判決:最高裁大法廷昭和50年4月30日判決)であって、人間の尊厳にも結びつく重要な権利ですので、その権利を制約するには、権利を制約する必要性や制約範囲の合理性が認められる必要があります。

2.退職後の競業避止義務の期間

退職後の競業避止義務で特に問題となるのは期間です。具体的にどの程度の期間なら有効性が認められるのでしょうか?
競業避止義務の合意の有効性は多角的な視点から判断されます。そのため、期間が短い場合であっても、そもそも競業避止義務を課す必要があるだけの正当な利益が企業側になければ、有効性が認められるのは難しいでしょう。先に紹介した経済産業省が公開している例文では退職後6か月となっていますが、この期間であれば有効性が必ず認められるというものではありません。裁判例でも、退職後2年や3年の期間を比較的短期と評価するものもあれば、他方で、同じ2年、3年という期間を長期に及んでいるとして、競業避止条項を無効と判断したものもあります。このように、同じ期間であっても、他の条件等によって判断が異なりますが、期間が長くなれば有効性が認められにくくなる傾向にはあるようです。

競業禁止条項の有効性の判断ポイント

入社時や退職時に従業員と個別に交わす秘密保持契約書や誓約書の中に競業避止義務の規定を設けている会社は多いと思いますが、規定を設ければすべてが法的に有効というわけではありません。契約書や誓約書の競業禁止に関する条項の有効性を判断する際のポイントについて説明します。

1.競業禁止の有効性の判断基準

競業禁止に関する条項の有効性を判断する際に特に重要となるポイントは以下の3点です。

  • 保護すべき企業の正当な利益の存在
  • 競業禁止の範囲の合理性
  • 代償措置の有無等

つまり、競業避止義務を課す必要性が認められ、かつ義務の内容が合理的な範囲内でなければ無効と判断されます。代償措置は,これがないからといってすぐに無効と判断されるわけではありませんが、競業避止義務を課すということは、従業員がこれまでの職務経験を活かして次のステップへ進むことを困難にすることから、代償措置として金銭による補償を図ることは競業避止義務の有効性判断に有利に働く事情になります。

2.公序良俗違反や強要が認められた場合は無効

具体的にどのような場合が無効になる可能性があるのでしょうか。典型的な例として以下のような規定が挙げられます。

  • 競業を禁止する期間が長過ぎるまたは期間の定めがない
  • 競業を禁止する地理的な範囲が広すぎるまたは限定がない
  • 競業禁止の義務違反に対し不当に高額な違約金を設定している

上記のように必要以上に重い義務を課した場合、民法上の公序良俗違反(民法第90条)となり、無効と判断されます。また、競業避止義務の内容自体は合理的なものであっても、本人に合意を強要したことが認められた場合、合意は無効となります。

競業避止義務違反による損害賠償や退職金返還請求の可否

競業避止義務違反が発覚した場合の損害賠償請求や退職金の返還請求の可否について解説します。

1.損害賠償責任が発生する可能性

従業員・元従業員が競業避止義務に違反して、会社に不利益をもたらす競業行為を行ったことが発覚した場合、会社側は損害賠償請求を行うことが可能です。ただし、原則として、就業規則や契約書に法的に有効と認められる競業避止義務の規定を設けていることが必要となります。ただし、その競業行為が悪質で会社に多大な不利益を与えたという場合、就業規則や契約書の中で競業避止義務が規定されていなくても損害賠償責任が認められる可能性があります。損害賠償として認められる金額は、通常、会社が当該競業行為により被った不利益に相当する額になりますが、その金額は個々のケースにより大きく異なります。

2. 退職金の返還請求が可能なケース

退職金の支払いは、労働法上、義務ではありませんが、退職金制度を設けている会社は少なくありません。退職金は、賃金の後払い的性格や功労報酬としての性質を持つとされており、賃金(労働基準法89条2号)とは異なるため、重大な競業避止違反が認められ、それが在職中の功労を喪失させるようなものであると評価される場合には、退職金を支給しないとすることや、退職金を減額すること、既に支払い済みであれば、従業員に対して全部又は一部の返還を請求することも可能です。

返還請求が認められる前提として、就業規則や退職金規程などに「在職中または退職後、競業行為が発覚した場合は、退職金の全部または一部を支給しない」と規定しておく必要があります。ただし、規定が存在すればすべての競業避止違反について退職金の返還請求が可能というわけではなく、裁判実務上は、退職金を不支給としてもやむを得ないような顕著な背信性がある場合に限定されており、規定の必要性、退職に至る経緯・目的、会社が受けた被害等の諸事情を勘案して判断されることになります。

競業禁止に関する裁判例

競業禁止に関する裁判例の中でも特に多い退職後に課される避止義務を巡る裁判例を2つご紹介します。

1.退職後の競業避止義務が認められた裁判例

最初にご紹介するのは、アルバイト講師として週1回(実働7時間)勤務していた従業員の退職後の競業避止義務が認められた裁判例です(東京地方裁判所平成22年10月27日判決)。

この裁判の被告である元従業員は、2006年から約2年間に渡り、原告が運営するヴォイストレーニング教室の講師のアルバイトをしていました。被告は2008年3月に、親戚からお見合いの話があり同年5月末をもって退職させて欲しいと申し出ました。同年6月、被告は、原告に対し、授業や学校運営上のノウハウの開示、漏洩及び使用の禁止や退職後3年間、競合会社への就職や開業をしないことを約束するといった内容の競業避止義務が明記された誓約書と秘密保持誓約書を提出しました。被告は、8月30日に退職する前からヴォイストレーニング教室を宣伝するためのホームページを開設し、退職したその頃にヴォイストレーニング教室を開校して競業に該当する事業を始めました。この裁判では、「競業避止合意は公序良俗に反するか」という点が争点の一つとなりましたが、裁判所は、ヴォイストレーニングを行うための指導方法・指導内容、集客方法・生徒管理体制についてのノウハウは原告代表者が長期間にわたって確立したもので独自かつ有用性が高く、守秘義務はそれらのノウハウを守るためであることから、競業避止合意の目的の正当性を認め、退職後3年間の競業禁止期間が目的との関係において長すぎるとは言えないとして、当該競業避止義務が必要かつ合理的な制限であることを認めています。

2.退職後の競業避止義務が無効とされた裁判例

次にご紹介するのは、退職後の競業避止義務が無効とされた裁判例です(東京地方裁判所平成24年3月13日判決)。

この裁判の被告らは、廃プラスチックのリサイクル業社である原告の営業職として勤務していましたが、勤めていた会社と競業関係に立つ廃プラスチックのリサイクル業社を設立しました。原告は、被告らに対して、秘密保持義務違反、競業避止義務違反等を理由に不法行為ないし債務不履行に基づく損害賠償を請求しました。
しかし、この事案では、就業規則や個別の契約書の中で業務上の秘密の内容が具体的に定められておらず、秘密として管理されているとの要件を充たさないことから裁判所は、原告が秘密情報として主張していた廃プラスチックの仕入れ先等に関する情報は就業規則や秘密保持契約で保護されるべき秘密情報には当たらないと判断しています。また、競業避止義務については、被告が業務遂行過程において業務上の秘密を使用する立場にあったわけではないため、競業を禁ずべき前提条件を欠き、代償措置も何らとられていないとして、民法90条により無効とされました。

3.上記2つの裁判例に関する考察

上記2つの裁判例から学ぶべきポイントは、企業が守るべき秘密情報を特定することの重要性です。競業避止義務が認められたヴォイストレーニング教室は、秘密保持誓約書の中に授業のノウハウの開示及び使用の禁止を明記していたのに対し、廃プラスチックのリサイクル業社は就業規則や契約書等に秘密情報の内容を具体的に明記していませんでした。そのため、秘密情報だと主張した廃プラスチックの仕入れ先等に関する情報が秘密情報として認められず、競業避止義務も無効とされてしまったのです。

自社が所有する独自のノウハウや手法の漏洩を防ぎ、自社の利益を守るためには、競業避止義務の規定を設けるだけではなく、秘密情報の定義を具体的にし、秘密情報として管理することも重要だということを認識しておきましょう。

まとめ

今回は、競業避止義務の定義、契約書・誓約書による競業禁止の有効性、退職後の競業禁止の有効期間、競業禁止に関する裁判例について解説しました。

競業避止義務の法的効力は企業側の利益の正当性と個人の職業選択の自由のバランスに配慮しながら多角的・総合的に考慮されるため、有効か否かを判断することは専門的な知見が必要な非常に難しいことになります。

元従業員の競業避止義務違反が発覚した場合や副業解禁に伴い就業規則や誓約書等の競業避止義務違反に関する規定を見直したい場合など、競業避止義務に関する課題に直面した際は、企業法務に精通した法律事務所に相談することをおすすめします。

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執筆者 弁護士高島 宏彰 神奈川県弁護士会
2012年筑波大学法科大学院卒。2017年弁護士登録。BtoC、CtoC取引等の法分野(消費者契約法・特定商取引法・資金決済法等)に明るく、企業法務全般に取り組んでいる。